秘密兵器が敵の手に…とはいえ痛手のみでもなかった「ベレンコ中尉亡命事件」のその後
ところ変われば評価も変わる…その後のMiG-25
中東の国々においてMiG-25は、「その高速性能の割には高級複雑すぎず、先端技術を持たない空軍でも運用できる堅実な設計」と評価されてきました。その高速性能を生かして空対空ミサイルを発射し一撃離脱する制空戦闘や、高高度高速偵察機として使われ、アメリカやイスラエルと対峙していた当時のイラク、シリア、リビアでは大いに活用されています。
1991(平成3)年の湾岸戦争では、多国籍軍の攻勢開始初日の1月17日に、イラク空軍のMiG-25がミサイルでアメリカ海軍のF/A-18戦闘攻撃機を撃墜しています。さらに1月30日にも、MiG-25がR-40ミサイルでアメリカ空軍のF-15Cを攻撃、損傷を受けた当該機はそののちサウジアラビアに墜落した、と当時のイラクは主張しています。このF-15Cについてアメリカは未帰還のみを確認しており、イラクの主張が事実なら、対イラク戦争におけるF-15の空戦による唯一の被撃墜となります。
2022年現在、MiG-25は多くが退役し、現役はシリアで2機程度が残っているだけのようです。一方、亡命事件による秘密暴露を受けてレーダーや電子機器を設計しなおしたMiG-31は、現在もロシア航空宇宙軍で現役にあり、防空戦力を担っています。防空戦闘機ですが、長射程空対空ミサイルを搭載してウクライナ戦線にも投入されているようです。
もうひとつ、亡命事件の影響で良かったことがあります。それはソ連軍パイロットの待遇改善の契機になったことです。
ニューヨーク・タイムズは1976(昭和51)年9月を「全国亡命月間」と呼んだほど、ソ連軍パイロットの航空機による亡命事件が相次いだ月でした。ベレンコ中尉の事件から17日後の9月23日には、予備中尉バレンティン・ゾシモフがAn-2小型輸送機でイランに脱出しています。
ソ連は原因究明と対策にてんやわんやでしたが、ベレンコ中尉は亡命理由のひとつに軍内での待遇の悪さを挙げていたといい、ソ連政府の調査委員会はベレンコ中尉の所属した基地を訪れてソ連軍内のブラック職場環境を認め、改善の必要性を指摘しています。
秘密兵器がバレたのは軍にとっては痛みですが、現場のパイロットたちがこの事件の顛末を密かに喜んでいたかはわかりません。
【了】
Writer: 月刊PANZER編集部
1975(昭和50)年に創刊した、40年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。
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