うめきた新駅とともに梅田から消える“地上の線路” 149年ぶり JR・阪急・阪神はどう変わった?

阪急・梅田駅が去った地上は「シャンデリアが豪華なコンコース」に?

 戦後は阪急の駅が再度、高架化されることとなり、その工事が完成しすべての列車が地上を去ったのは1971(昭和46)年のことでした。また、阪急ファイブ(現在のHEP FIVE)前に発着していた大阪市電はその2年前に全線廃止となっており、これで梅田エリアから、地上の旅客駅はすべて姿を消しました。

 新しい阪急の駅は国鉄の北側、それまでの駅から北へ離れてしまいましたが、阪急はここに自社の百貨店やオフィスビルを結ぶ“動く遊歩道”を設置します。旧・梅田駅のコンコースは天井に輝くシャンデリアごと再活用され、他の私鉄と一線を画す豪華さを変わらず演出していました(シャンデリアは撤去済、百貨店13階に一部移設)。

 そのころ梅田貨物駅と貨物線(東海道線支線)はまだまだ地上にあったものの、約17ヘクタール(東京ドーム3.5個分)もの土地は西側の福島・大淀地区との分断を生んでいたこともあり、早くから郊外への移転交渉が進んでいました。

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地下化工事が始まる前の梅田貨物駅(宮武和多哉撮影)。

 そして2013年の貨物駅閉鎖とともに跡地の再開発(グランフロント2期)構想も一挙にまとまり、7年の工期を経て貨物線の地下化もようやく完成。官設鉄道の大阪駅誕生から約149年、2023年2月13日の地下線への切り替えをもって、梅田エリア最後の“地上の線路”が姿を消します。これにともない最後まで残っていた「西梅田一番踏切」も、先立って2月11日から2日間をかけて撤去されます。

【了】

【梅田から消える地上の線路】各線の位置関係(地図で見る)

Writer: 宮武和多哉(旅行・乗り物ライター)

香川県出身。鉄道・バス・駅弁など観察対象は多岐にわたり、レンタサイクルなどの二次交通や徒歩で街をまわって交通事情を探る。路線バスで日本縦断経験あり、通算1600系統に乗車、駅弁は2000食強を実食。ご当地料理を家庭に取り入れる「再現料理人」としてテレビ番組で国民的アイドルに料理を提供したことも。著書「全国“オンリーワン”路線バスの旅」など。

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