超ヘビー級戦車キラー「ヤークトティーガー」本領発揮できなかった“走る怪物” 致命的な弱点とは
家ごと敵戦車を撃破した逸話も
ただ、それでも中には「ヤークトティーガー」の威力を示す逸話が残されています。たとえば西方戦線では、家屋の後ろに隠れたアメリカ軍のM4「シャーマン」中戦車を撃破しようと、家屋越しに12.8cm砲を射撃。放たれた砲弾は家屋の壁をいくつも貫通したうえで向こう側にいたM4中戦車を撃破した、と言われています。これは、「敵戦車への遠距離狙撃(アウトレンジ射撃)」の好例といえるでしょう。
また、大戦末期に東方からベルリンに向けて攻め進んでくるソ連軍を、ドイツ軍が迎え撃ったゼーロウ高地のように射界が開けた戦場であれば、車体をダックインさせられる隠蔽射撃陣地をあらかじめいくつか設けておき、必要に応じてそれらの陣地を移動しながら敵を射撃し続けるといった戦い方などができるので、「ヤークトティーガー」はその威力を存分に発揮できたかも知れません。しかし、そのような機会はついぞ訪れませんでした。
機会に恵まれなかったこのような戦い方は、「敵戦車への遠距離狙撃(アウトレンジ射撃)」と「重装甲をさらに増強するだけでなく足の遅さもカバーできる複数の隠蔽射撃陣地」を併用する、本車の威力を最大限に発揮させるものとなったはずです。
しかし、実戦においてこのように理想的な戦い方ができた「ヤークトティーガー」はあくまでもごく一部。前述したように「運用の不手際」と「回収・整備の困難さ」が重なって、その高い戦闘力を十分に発揮できなかったケースがほとんどでした。
一度動かなくなったら後方に引っ張っていくことすら難しい過大な重量ゆえに、履帯(いわゆるキャタピラ)切れやエンジン故障、それこそ単なる燃料切れでも、簡単に最前線に放棄された車体が多かったと言われています。
いくらスペック的に最強であろうと、その能力がいかんなく発揮できるのは、熟練の乗員と優れた後方支援体制があってこそ。本領を発揮できないまま終わった「ヤークトティーガー」は、その2点がいかに重要であるかを、今に伝える格好の「教材」とも言えるでしょう。
【了】
Writer: 白石 光(戦史研究家)
東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。
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