なぜ? 空軍なのに戦車で地上戦ばかり でも恐ろしく強かったドイツの超エリート軍団とは
第2次世界大戦中のドイツ屈指のエリート部隊として知られるヘルマン・ゲーリング軍団。この部隊は空軍所属ながら飛行機を持たず、なぜか戦車で戦った不思議な軍団です。どうしてそうなったのか見てみます。
空軍元帥の名を冠した歩兵部隊の誕生
第2次世界大戦時、ドイツ軍エリート部隊のひとつとして、勇敢に戦ったことで知られる「ヘルマン・ゲーリング」師団(最後は軍団)。戦車まで配備された地上部隊ながら、実は陸軍ではなく空軍に所属するという一風変わった部隊でした。なぜ、空軍所属なのに空を飛ばず、戦車や機関銃などで地べたを這って戦ったのか、奇妙なエリート部隊の足跡をたどります。
そもそも、部隊名の「ヘルマン・ゲーリング」とは、ヒトラー政権時に航空大臣や空軍総司令官などを務めたゲーリング元帥、その人です。彼は第1次世界大戦ではドイツのエースパイロットで、ヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が結成されると、早くに加入して主要メンバーとなりました。そして、1933(昭和8)年2月にプロイセン州の内務大臣(州警察のトップ)へ就任すると、その直後にプロイセン州警察組織のなかに兵員約400名からなる特殊部隊を創設します。
1935(昭和10)年11月、ゲーリングが空軍大臣に就任すると、この特殊部隊も彼の直接指揮下となり空軍に編入、規模を拡大し、将兵3000名からなるゲネラル・ゲーリング連隊へと姿を変えます。その主な任務は、空軍司令部のあるゲーリング邸および彼の別荘の警備やベルリンの防空、式典での空軍の儀礼などでしたが、次第に兵員を増やし、高射砲大隊も新設されるほどになっていきました。
1939(昭和14)年9月に第2次世界大戦が勃発すると、ゲネラル・ゲーリング連隊はドイツ陸軍の地上部隊と同様、ポーランド戦やノルウェー戦、フランス戦へ参加。1941(昭和16)年6月22日に対ソ戦「バルバロッサ」作戦が始まると、今度は空軍の対空砲部隊の一員として、第2高射砲軍団の傘下でソ連軍相手に戦うようになりました。
特に連隊が保有する8.8cm高射砲は、その破壊力の高さから、対地攻撃でも威力を発揮、6月29日には第2高射砲大隊が街道に立ち塞がるソ連のKV-2重戦車を仕留めています。
装甲てき弾兵師団・・・この表記はカッコ悪いから止めていただきたい。