日本の電車は「藤岡市助」が産んだ 初の"営業運転"も 新幹線や高架電車も「明治時代」に発明済み!?

「電車ってなんだ?」謎の存在を東京に紹介

 藤岡は再度の洋行で「その先」の可能性に出会います。彼が着目したのは黎明期の電気鉄道でした。

 電気を動力とする世界初の車両がベルリンの博覧会で公開されたのは1879(明治12)年のこと。その2年後にベルリンの路面電車で営業運転を開始しますが、本格的な普及はアメリカの技術者フランク・スプレーグによる、現在と同様の「スプレーグ式」が完成してからのことです。

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藤岡市助肖像(『工学博士藤岡市助伝』より)。

 スプレーグ式はトロリーポールによって架線から電気を取り入れ、レール経由で変電所に戻す方式です。スプレーグが関わったバージニア州リッチモンドの路面電車は1888(明治21)年に開業し、大きな成功を収めました。

 藤岡の視察はまさにスプレーグの事業が具体化しつつあるタイミングに行われたものでした。彼は帰国後も電気鉄道に関する技術や経営の調査研究を進めると、1888(明治21)年に日本初となる電気鉄道の敷設を出願しました。

 しかし海のものとも山のものともつかぬ電気鉄道に対し、政府は一切の知識を持っておらず、法的な位置づけや技術的見地がなく、申請は電力事業を所管する逓信省、馬車鉄道を所管する内務省、そして鉄道局をたらいまわしにされた結局、「不許可」の結論となりました。

 そこで電気鉄道敷設の機運を盛り上げるべく、藤岡らは1890(明治23)年に上野公園で開催された第3回内国勧業博覧会において、アメリカから輸入したスプレーグ式電車を展示運転し、300mの距離ながら実際に乗客を乗せたのです。約3か月で約30万人が乗車する好評ぶりでした。

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コメント

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2件のコメント

  1. 「藤岡は甲武大学在学中〜」とありますが、「工部大学」の誤りですので訂正をお願いいたします。

    • ご指摘ありがとうございます。修正いたしました。