旧日本軍の戦車たちは敗戦後どうなった?「更生戦車」の行方 “はたらくクルマ”へ魔改造の数々

太平洋戦争の終結後、国内に残された多くの日本戦車は連合軍の命令で廃棄されました。ただ、車体は様々なものに転用され戦後10年経っても日本国内では200両以上が現役だったそうです。

警視庁でも使われた更生戦車

 こうして、方々で多用された「更生戦車」でしたが、元々は廃物兵器利用のため、その性能は専用に開発された機材に比べて劣っていました。それは前述した通り戦車は高速移動を重点にして設計され、低速で高トルクが求められる農機や建機とは出発点が違っていたからです。

 とはいえ、払い下げ並びに月々の貸し付け金額の低さや機材不足により、戦後しばらくは「更生戦車」も脚光を浴びていました。しかし数年後には経年劣化が始まり、また国産の農機や建機が増え始めたために次第に更生戦車は姿を消して行きます。

 加えて1950(昭和25)年6月に朝鮮戦争が勃発すると、それによる特需が始まったことで屑鉄の値段も高騰。戦前の放射性コバルトを含まない良質の鉄でできた改造戦車は次々とスクラップになりました。

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1959年に警視庁の観閲式で撮影された、九五式軽戦車改造の装甲車「工作車」。左側には英軍のクォード・ガントラクターに投光器を搭載した特殊車両が見える(画像:月刊PANZER編集部)。

 そうした更生戦車の歴史を紐解く中でひとつの謎があります。それは前ページで述べた陸軍兵器行政本部からの提言では、“軽戦車は部品取りおよび屑鉄へ”とあったことです。

 しかし実際は、それに反して九五式軽戦車の改造ブルドーザーや除雪車、牽引車として多用されたようで、それらの記録写真は数多く残っています。たとえば北海道では、バス会社が積雪時に橇(そり)付き客車を牽引する「バチぞりバス」として1955(昭和30)年頃まで使用していました。

 また警視庁は1953(昭和28)年に九五式軽戦車を改造した装甲車「工作車」を導入しています。一方、九四式軽装甲車(TK)や九七式軽装甲車(テケ)など履帯式の軽装甲車は、試作車両を除いて実際に使用された更生戦車仕様の写真は見られません。これは、もしかしたら提言書が軽戦車と軽装甲車の記述を取り違えていた可能性も推測されますが、今後の研究が待たれます。

【了】

【後ろ姿は全然違う!】エンジン替えて大幅改造 オリジナルが残る操縦席回りも(写真)

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