もし戦艦「大和」が世界にバレていたら…“超”大艦巨砲主義アメリカはどう対抗? 驚愕の設計案とは

大和型戦艦は、ライバルとなる米戦艦に対して「質で対抗」する目的で建造されました。対抗艦を造らせないため、計画時から徹底した隠ぺいが図られたのですが、もし米国が大和型の性能を把握していたら、どうなっていたでしょうか。

アメリカの大艦巨砲主義は日本以上だった

 旧日本海軍が建造し、1941(昭和16)年12月16日に就役した戦艦「大和」。翌1942(昭和17)年8月5日に就役した姉妹艦の「武蔵」とともに世界最大の戦艦として知られています。

 基準排水量6万4000トン、46cm三連装主砲塔3基9門、舷側装甲410mm(20度傾斜)、水平装甲200~230mm、最高速度27ノット(50km/h)という性能は、その大きさだけでなく、攻撃力、防御力でそれまでの戦艦を凌駕するものでした。

 なぜ、旧日本海軍はここまで巨大かつ巨砲を備えた大和型戦艦を建造したのかというと、仮想敵として想定していたアメリカ海軍に対して、数ではなく1隻ごとの軍艦の性能、つまり「質で凌駕」しようとしたからです。

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アメリカ海軍のアイオワ級戦艦の4番艦「ウィスコンシン」の射撃シーン(画像:アメリカ海軍)。

 ただ、建造していることを公にしてしまうと、アメリカ側に早い段階で対抗策を採られる可能性があります。それこそ、大和型を超える高性能艦を建造される可能性も高まります。

 そこで旧日本海軍は、大和型を最高機密、いわゆる「軍機」に指定し、建造中はもちろん、就役後も、国会や同盟国にすら正確な性能を通知しないほどの機密保護下に置きました。

 ゆえに第2次世界大戦後、大和型は「存在を秘匿し過ぎて、全く抑止力になっていなかった」と批判されるようになりました。では、日本が大和型の性能を正確に発表していたら、どうなったのでしょうか。その場合、アメリカの対応はどのようなものが想定されたのでしょうか。

 そもそも、日本海軍とアメリカ海軍は「世界最大の口径を持つ戦艦主砲を、最初に採用する」ことで競う間柄でした。ですから、大和型が計画される1935(昭和10)年以前にも、アメリカは多数の「超巨大戦艦」の建造案を持っていました。

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