ホームも何もないのに「特急はここで乗り換えて」!? 台湾最後の「旧客」旅 “おおらかすぎる”未知の体験づくし【後編】

2006年の訪台から月日が流れ、「藍皮車」こと台湾の旧型客車を使用した列車は、南部の南廻線のみの運行となりました。旧客の運行最終日はコロナ禍によって渡航できず涙をのみましたが、観光用車両として美しく整備されています。

この記事の目次

・完全な廃車は免れた
・旧客「普快」の現役時代
・車軸発電のため、長時間停車すると室内灯は消える
・【ギャラリー】「台湾旧客」の思い出をたっぷり

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完全な廃車は免れた

 台湾で最近まで活躍していた「藍皮車」こと旧型客車。スハ44形に似た日本製35SPK32700型(便宜上デッキ付きと称す)や、自動ドアを備えたインド製の40TP(K)32200型は、南廻線(ナンフィーシェン)の普快(普通列車)として最後の活躍をしていました。2020年3月22日、同線の電化によって廃止されました。

 南廻線は、台湾鉄路局の本線系統で唯一の非電化路線でした。枋寮(ファンリャオ)から台東(タイトン)まで、日本統治時代から鉄路の計画はあったものの、脊梁山脈が行く手を阻み、晴れて全通したのは1992(平成4)年のこと。当初より非電化単線の路線で、同線を走る普快車はディーゼル機関車が牽引していたのです。

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コロナ禍後の2023年2月に訪問した際は、南廻線が電化されて2年半が経過していた。架線柱の立った金崙駅に「藍皮解憂號」が停車する。この駅で長時間停車し、街を散策するツアーが組まれている(2023年2月20日撮影)。

 私は訪台するたびに南廻線を訪れ、普快3671次と3672次列車に乗り続けました。宜蘭線でこの客車に出会った時の驚きと感動が忘れられず、台湾鉄道旅の主目的となっていったのです。さすがに毎年の訪台とはいかず、2006(平成18)年、2011(平成23)年、2017(平成29)~2019年と飛び飛びとなり、2017年頃からは本格的に電化工事が開始されたため、重点的に訪れました。

 しかし、2020年にも訪れようと計画を練っていたところ、コロナ禍によって不可能となり、観光目的の渡航がまだ困難な12月22日に普快が廃止となりました。この時、どれだけの日本人鉄道ファンが涙をのんだでしょうか。

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台東駅のホームにワンコがいた。どうやら職員の飼い犬のようだ。列車の往来があっても動じずに堂々とホーム上同士を渡り歩く。旧客の停車するホームにも遊びに来た(2017年10月20日撮影)。

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Writer: 吉永陽一(写真作家)

1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。

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