現存唯一の鉄道車両で「髪切って、ひげ剃ってきた!」長野の山中に残る“動く床屋さん”とは

森林鉄道に乗ってみよう!

 この「理髪車」が保存される赤沢森林鉄道は元々、木曽森林鉄道の一部でした。この一帯の国有地や皇室の御料林には、自然林で樹齢300年にもおよぶ良質のヒノキが広がり、伊勢神宮に遷宮用材として使用された実績もあります。

 江戸時代は伐採した材木を川で運んでいましたが、明治時代に入り近代化とともに鉄道が導入されました。そして、1916(大正5)年には小川森林鉄道が竣工します。その後、王滝森林鉄道などの各路線も増えて、最盛時の総延長距離は東京~大阪間にも迫る500km以上に達したといいます。

 しかし山間部での運用を考えて、レール(軌道)の幅は762mmと日本国内で広く普及していた軌間1067mmより狭い「特殊狭軌(ナローゲージ)」と呼ばれるものが用いられていました。加えて、このような特殊狭軌で使用するために、アメリカ製の小型蒸気機関車が輸入されて、長野県の山中を木材の運搬で走り回っていたのです。

 なお、太平洋戦争後はディーゼル機関車や単体で走るモーターカーが導入されたため、蒸気機関車は1960(昭和35)年に退役しています。ただ、高度成長期に入ると輸送の主流がトラックへと移ったため、1975(昭和50)5月に木曽森林鉄道は終わりを迎えたのでした。

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森林鉄道記念館で展示される木曽森林鉄道の当時写真。蒸気機関車が牽引する無蓋の運材台車には、満載された材木が見える(画像:森林鉄道記念館)。

 しかし、地元では森林鉄道の復活を望む声も大きく、自然休養林の園内に保存を目的とした軌道が敷設されました。そして1985(昭和60)年に行われた遷宮用御神木の運搬をキッカケとして、1987(昭和62)年7月には1.1km区間を使って折り返し運転を行う観光用の赤沢森林鉄道として、復活したのです。

 筆者もこの路線に乗ってみましたが、森のマイナスイオンを全身に浴びてリラックスした心地良い乗車を体験できました。ちなみに、現在では前出の蒸気機関車やディーゼル機関車、モーターカーなども、理髪車とともに森林鉄道乗場横にある森林鉄道記念館へと集められ、一部は動態保存されて余生を過ごしています。

 理髪車の体験は、森林鉄道記念館の展示の合間に行われており、今年も8月21日と22日の2日間に加え、10月10日も一日限定で開催予定だそう。車内の装備品は前述したように一見の価値ありなので、この貴重な車両に興味のある人は、上松町観光協会に問い合わせてみてはいかがでしょうか。利用するには予約が必要ですが、実際に乗車して森林浴をしながら髪をカットする貴重な体験は、何ものにも代えがたいものだといえるでしょう。

【了】

【車内は一見の価値あり!】現役で使われる半世紀以上前の理髪用具の数々(写真で見る)

Writer: 吉川和篤(軍事ライター/イラストレーター)

1964年、香川県生まれ。イタリアやドイツ、日本の兵器や戦史研究を行い、軍事雑誌や模型雑誌で連載を行う。イラストも描き、自著の表紙や挿絵も製作。著書に「九七式中戦車写真集~チハから新砲塔チハまで~」「第二次大戦のイタリア軍装写真集 」など。

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