「史上最後に完成した戦艦」なぜ? 「“意地”で“維持”しよう」と頑張っちゃったら不遇の結果に
現在は消滅してしまった「戦艦」という艦種。このカテゴリで最後に完成した船は、フランス海軍のリシュリュー級戦艦の2番艦「ジャン・バール」です。同艦は、建造中の扱いや就役後のタイミングの悪さなどで「不遇艦」と呼ばれることもあります。
完成にはかなりの時間を要したが退役は…
「ジャン・バール」の工事は1946年3月に再開しましたが、造船所自体が再建中だったことと、戦後の資金不足のため遅々として進みませんでした。ただ、その最中でも同艦の建造は、「全て国産パーツ」にこだわる方針がとられました。主砲に関しても、他戦時中にドイツ軍に接収されノルウェーに設置されていた状態の、姉妹艦で3番艦になる予定だった「クレマンソー」用に作られた主砲を使用しました。

「ジャン・バール」は1949年にようやく竣工と公試が終了し、1950年には地中海艦隊に所属し訓練を開始しましたが、この頃もまだ、主砲は万全ではなく、対空砲の一部も未整備で未完成という扱いでした。
同艦が完成し、正式に就役となったのは1955年1月でした。なお、1940年の就役は、形式的かつ戦時急造的なもので、正式な就役とは見なされていなかったため、同艦は2025年現在、史上最後に完成した戦艦といわれています。
そして、1956年に勃発した第二次中東戦争においては、スエズ運河の国有化を図ったエジプトに対する作戦行動を行いました。「ジャン・バール」はフランス外人部隊の上陸支援のため、主砲の380mm砲での艦砲射撃も行いましたが、主要な役割は「ラファイエット」と「アローマンシュ」というフランス海軍が保有する2隻の空母が担っており、やはり戦艦の時代遅れ感は否めませんでした。
なお、このスエズ運河での軍事行動はアメリカとソビエト連邦という、戦後の2大国の介入により、フランスはイギリスと共に断念させられることとなり、これが、同艦が完成後に行った最初で最後の軍事行動でした。
その後、フランス海軍は再建と近代化の側面から、ほかの艦艇建造と武装の近代化が優先されることとなり、「ジャン・バール」は本格稼働からわずか数年後の1957年より、予備艦として砲術練習艦任務に就くことに。新しい装備やレーダー、対空砲の試験艦として使用されました。その後は、1961年除籍となり、1969年にスクラップとして売却され、1970年に解体されました。戦後のフランスが意地を見せ完成させた戦艦でしたが、長く維持することはできませんでした。
※一部修正しました(4月30日17時00分)。
Writer: 斎藤雅道(ライター/編集者)
ミリタリー、芸能、グルメ、自動車、歴史、映画、テレビ、健康ネタなどなど、女性向けコスメ以外は基本やるなんでも屋ライター。一応、得意分野はホビー、アニメ、ゲームなどのサブカルネタ。
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