「縁起が悪い!」有名菓子との“攻めたコラボ“を展開したローカル線とは? 験担ぎのハズが思わぬ声

鉄道関連の名称と引っかけたダジャレは星の数ほどありますが、南九州のローカル線ではかつて有名菓子との「攻めているコラボ」が話題を呼びました。

往年の「鉄道の街」は今

 京浜急行電鉄に乗っていて「過ぎた駅(杉田駅)」、近畿日本鉄道で「五位堂(ご移動)」、JR西日本氷見線で日中に「ノー待ち(能町)で乗れるはずが2時間近く待った」など、鉄道を題材にしたダジャレはいろいろあります。

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都城駅に停車中の吉都線のキハ40(大塚圭一郎撮影)。

 南九州を走るJR九州の吉都(きっと)線は、その独特の読み方に着目した人気菓子とのコラボレーションで「縁起のよい吉都線」と売り込みました。しかし、きっと想定外だった読み方をして「攻めている」と注目する動きもかつてありました。今どうなっているのかを探ろうと、筆者(大塚圭一郎・共同通信社経済部次長)は全線に乗りました。

 吉都線は吉松駅(鹿児島県)と都城駅(宮崎県)の61.6kmを結びます。全線開通は1913年10月と古く、「宮崎線」を名乗りました。その後の延伸で博多・熊本方面から県都の宮崎まで最初に通じた鉄道ルートの一部となり、路線名に「本線」が付きました。

 現行の日豊本線のルートが開通した際、吉松-都城間は両駅の頭文字を取り「吉都線」として分離されました。現在は他路線へ乗り入れる列車も含め、普通列車が1日8往復しています。

 吉松駅は吉松機関区があった往年の「鉄道の街」です。駅の近くに蒸気機関車(SL)の「C55 52号機」が展示されているなど、今も鉄道関連の史跡を見かけます。郷土史には「1955年には600人を超える国鉄職員が働き、うち約8割が吉松在住者で、家族を含めて1500人超が住んでいたと推計される」と記しています。

 それが今や無人駅になり、乗降客はまばらです。過疎化に加え、乗り入れるJR肥薩線(八代―隼人)が2020年7月の豪雨で被災し、八代―吉松間が運休したのも打撃となりました。

 九州新幹線の新八代―鹿児島中央間が部分開業した2004年3月に運行を始めた特急「はやとの風」(吉松―鹿児島中央)も、22年3月に廃止されています。ただ、「はやとの風」に使っていた国鉄時代製造のディーゼル車両キハ47とキハ147の計2両は、特急「ふたつ星4047」(武雄温泉―長崎)に組み込まれて活躍を続けています。

「ふたつ星4047」は2024年11月の特別運行で肥薩線へ入線し、車体色は黒から白へ様変わりしたものの、地元住民らは「おかえり!」と歓迎しました。

【ド派手!】これが「縁起わるいな…」とも言われたコラボ列車です(写真)

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コメント

1件のコメント

  1. JR九州本社の福岡人なら「きっと勝つと」で意味が通じるが他県人には通じなかったという。