バブル絶頂期に神奈川で量産されたドイツ車とは?「技術の日産」の礎か 日本人が驚愕したハナシまで
R32型「スカイライン」やZ32型「フェアレディZ」、P10型「プリメーラ」など、1990年代の傑作車を生み出した日産の「901運動」。そのきっかけとなったのは、フォルクスワーゲン「サンタナ」を日産がノックダウン生産したことでした。
傑作車を生み出した日産の「901運動」
2025年3月期の業績予想で、最終利益が過去最悪の最大7500億円の赤字に転落する見込みになっている日産は、昨年秋に発表した人員削減に1万人を追加し、全従業員の15%に相当する2万人規模のリストラ策を打ち出しました。ただ、日産は今回に限らず、過去にも幾度となく販売不振に陥ったことがあります。

そのひとつが1980年代です。当時、日産は国内においてはトヨタに次ぐ第2位の販売台数を誇っていましたが、その販売シェアは20%以下に下落しており、その回復を狙って社内プロジェクト「901運動」を打ち出していました。
これは、クルマ作りにおいて「90年までに技術において世界一になる」というのを目標として掲げたものです。これにより1990年代にデビューする日産車は、シャシーやエンジン、サスペンション、ハンドリング、デザインなどの技術開発に力が注がれるとともに、商品性と品質の向上を図るようになりました。この結果、誕生したのがR32型「スカイライン」やZ32型「フェアレディZ」など、日産を代表する数々の名車です。
その「901運動」の一環で生まれたのが、P10型「プリメーラ」です。同車は、ヨーロッパ製のDセグメントセダンをベンチマークに開発されており、フロントにマルチリンクサスペンションを採用したことによる優れたハンドリング、日産が「プリメーラパッケージ」と称したコンパクトな車体ながら広い居住空間とラゲッジスペース、実用性と空力的な精練を高い次元でバランスさせた美しいスタイリングによって、1990年代の日本車を代表する傑作車のひとつとなりました。
その実力は世界的にも高く評価され、ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーでは日本車として初の2位を獲得。日本でも「国産車の信頼性&サービス体制とヨーロッパ車のような雰囲気&魅力」を兼ね備えた4ドアセダンとして、商業的に大きな成功を納めました。
ただ、こうした実績の裏に、1台の欧州車が大きな影響を与えていたことはあまり知られていません。日産の「901運動」のきっかけを作り、P10型「プリメーラ」に多大な影響を与えたクルマとは、フォルクスワーゲン「サンタナ」です。
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