兵庫県のちっぽけな飛行場に「爆弾抱えた旧海軍機」なぜ? 尾翼に書かれた機番の意味、知っていますか

太平洋戦争中、兵庫県加西市には練習航空隊がありました。その跡地に建てられた展示施設には、戦闘機と攻撃機の実物大模型が展示されています。再現された機体は、私たち日本人が後世にわたって記憶し続けるべき「暗黒の歴史」を伝えています。

練習機が「特攻機」へと変わった運命

 このようにさまざまな施設を抱えていた姫路海軍航空隊は、実戦に向かう練習生らに対して、飛行練習の最終段階を担う重要な役割を果たしていました。発足にあたって、1943年10月には、東京・羽田の霞ケ浦海軍航空隊東京分遣隊で使用されていた「九七式艦上攻撃機」約20機が、徳島海軍航空基地を経由して姫路海軍航空隊に飛来し、練習教程で用いる練習機となりました。

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加西市に1999年建立された「鶉野平和祈念の碑苑」(大塚圭一郎撮影)。

 しかし、これらの機体は太平洋戦争末期に役割が一変します。戦局の悪化を受けて、神風特別攻撃隊「白鷺隊」が編成され、練習機は特攻作戦に投入されることになったのです。

 1945年3月23日、すべての機体が鶉野飛行場を飛び立ち、現在の大分県宇佐市にあった宇佐海軍航空隊の基地へ向かいました。その後、鹿児島県鹿屋市の串良海軍航空基地へ移動。沖縄上陸を進める連合国軍に対する特攻作戦「菊水作戦」に従事することになります。

 1945年4月から5月にかけて、21機・計63人が出撃し、沖縄でアメリカ軍の艦艇に機体もろとも体当たりして命を落としました。なお、全ての攻撃機を失った姫路海軍航空隊は同年5月に解散しました。

「soraかさい」につり下げられている九七式艦上攻撃機の実物大模型の尾翼には「ヒメ-305」と記されています。これは、先陣を切って1945年4月6日に出撃した白鷺隊隊長・佐藤清大尉らが搭乗していた機体を再現したものです。

 実物大模型が展示されている建物のすぐそばには、平和が続くことへの願いと白鷺隊の隊員たちの鎮魂のため、1999年に建立された「鶉野平和祈念の碑苑」があります。碑文には「この史実を永世に伝え、謹んで殉国された勇士の御霊をお慰めし、併せてそのご加護により永遠の平和の実現を切に願うものである」と刻まれています。

 2025年8月15日に80回目の終戦の日を迎えるにあたり、実物大模型と碑文は、数多くの尊い命が奪われた戦争のむごたらしさという「暗黒の歴史」と、かけがえのない平和を守っていくことの重要性を訴え続けています。

【もう1機ある!】これが九七式艦攻と一緒に展示される「傑作海軍機」です(写真)

Writer:

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学フランス語学科卒、共同通信社に入社。ニューヨーク支局特派員、ワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。「乗りもの」ならば国内外のあらゆるものに関心を持つ。VIA鉄道カナダの愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員。

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