ちょっとの区間が何十年も開通しない!なぜ? 東京「開かずの道路」の深刻な事情 しびれを切らした地域も

東京23区内には、立ち退き交渉の難航などで長らく未開通のままの道路が複数存在します。事業化から約40年が経過してもなお完成の見通しが立たない道路も。事態が動いた場所もあれば、住民がしびれを切らした場所もあります。

ただ、開通したとて…

 しかしこの区間の北側にあたる明治通りには、2002年に首都高C2中央環状線が開通し、中央部分には飛鳥山トンネルの出入口部が横たわります。補助第181号線との交差点は、明治通り内回りとのみ接するT字路としてしか機能できません。

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補助第181号線の建設予定地から見た明治通り。首都高中央環状線が明治通りの中央部を横切るため、明治通り外回りとの接続は不可能(植村祐介撮影)

 補助第181号線から明治通り外回りの王子方面に進むには、いったん左折したあと「滝野川二丁目」交差点をUターンするか、開通前と同じく「西ヶ原三丁目」交差点から特別区道北15号(通称「ゲーテの小径」)を通り本郷通りを経由するしかありません。

 そのため同区間の開通でわかりやすい恩恵を受けるのは明治通り内回り方面に進むクルマだけと、”長年の苦労”の割には、開通の効果は限定的と言わざるを得ないのです。ここまでして事業を継続すべきだったのかどうか、費用対効果も考えると、難しい問題ではないでしょうか。

最高裁まで争われ、そこだけ未開通

 一方、世田谷区には、強く望まれているにもかかわらず、一部区間の立ち退き交渉が不調で、長らく開通できていない道路があります。それは「主要生活道路106号線(恵泉通り)」に残る、経堂3丁目付近の未通区間です。

 主要生活道路106号線は、世田谷区経堂3丁目から同区船橋5丁目まで、住宅密集地を南北に走る道路で、開通後は「赤堤通り」と「城山通り」「千歳通り」が結ばれ、狭隘な住宅街の道路を通り抜けるクルマの数を減らすとともに、災害時には緊急車両の迅速な移動を可能とする重要な道路となります。

 そのルーツは1927年に都市計画決定された補助23号線ですが、1966年に世田谷区が本格整備に乗り出すと、道路に反対する地権者から用地買収の差し止めなどを求める訴訟が提起されました。

 この訴訟は最高裁まで争われますが、最終的に1984年に世田谷区側の勝訴が確定したことで、区は事業化を進め、土地収用法に基づく土地の権利取得は2013年に、明け渡し裁決も2017年に完了しています。

 ただ当該住宅はいまだ明け渡しが行われておらず、工事は中断したままになっているのです。

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コメント

2件のコメント

  1. 関越道外環道大泉を出て西へ、北園交差点。

    そのとおり、歴史的名所ですわ。

    あの住宅密集地に地上道路通す計画があったのか!

    東名接続の南行地下道も難航してますけど。

    ナンチャッテw

  2. 練馬の大泉ICを通る放射七号、目白通りの先も寺が邪魔して辺りは夕方は大渋滞、迷惑極まりない奥に開通した道路沿いのお寺さんはかなり早くに、お墓の移転を済ませて綺麗な道が出来たのに困ったもんだね