日系企業の多くに影響か たびたび軍事衝突する「東南アジアの2か国」 原因は“世界遺産”って本当?

タイとカンボジアが国境地帯で緊張が再び高まっており、交戦にエスカレートする恐れがあります。日本の企業が多く進出している両国間の衝突を注視しなければなりません。

問題を先送りしても火種はくすぶり続けるだけ

 被害について、タイ側は民間人を含む80人以上の死傷者が出て、国境地帯に住む14万人近くが避難したと主張しています。一方、カンボジア側は83人以上の死傷者と2万人の避難者が出ていると国際機関に報告しており、前出のプレア・ヴィヒア寺院も一部破壊されたと訴えています。

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2025年7月のカンボジアとの国境紛争で戦死したタイ軍兵士の葬儀の様子(画像:タイ陸軍)。

 このように両国のあいだでは紛争状態が続いており、たびたび衝突が発生していますが、完全な敵対関係というわけでもありません。

 両国間の貿易では、タイからの輸出が圧倒的に多いものの、双方重要なパートナーであることは間違いなく、国境地域ではカンボジアの人たちがタイ側の学校や病院に通うなどしており、他にもさまざまな文化交流が行われてきた経緯があります。

 しかし、5月からの衝突によって二国間の関係がかつてないほど冷え込んでしまいました。その結果、前述したような国境をまたいでの交流がなくなり、両国ともにデメリットが露呈したのは間違いありません。実際、今年6月23日に全ての国境検問所が一部の緊急または人道的な例外を除いては全面封鎖され、貿易でも停止状態となりました。

 また、今回の事態にはタイとカンボジアの内政も絡んでいます。タイではペートンタン・シナワット前首相がカンボジアのフン・セン前首相と6月に行った非公式通話で、相手にへつらうような発言をし、タイ軍の幹部を批判したことで、解職に追い込まれました。

 一方でカンボジアも、フン・マネット首相が父フン・セン氏(元首相)から引き継いだ一党独裁体制を固めようとしており、一部から反発を招いています。こうした双方の国内事情や政治状況が紛争解決をさらに困難にさせているといえるでしょう。

 今後、両国間のいざこざがどのように進展するか懸念されます。互いに全面戦争は避けようと停戦を維持する姿勢を見せていますが、そもそも衝突の原因となっている国境問題が解決されない限り、火種はくすぶり続けるでしょうし、このままでは再び武力衝突が起こるだけでなく、最悪の場合には戦争にエスカレートする恐れをはらんでいます。

 日本としても、タイとカンボジアはともに日系企業が多く進出している国であることから、在留邦人の安全はもちろん、サプライチェーンの乱れなどによる経済的な影響なども懸念されます。

【写真】世界で唯一! タイ陸軍しか使っていない戦車です

Writer:

長野県佐久市出身。東京国際大学国際戦略研究所准教授。アトランティックカウンシル上席研究フェロー、パシフィックフォーラムスコウクロフト戦略安全保障センター上席客員フェローなどを兼任。幼少期からイギリス、オーストラリア、韓国、シンガポール、マレーシア、インドネシア、米国などで過ごし、防衛政策・戦略・計画、安全保障、交通政策を専門とする。主著に『Defense Planning and Readiness of North Korea: Armed to Rule』(Routledge)、『2030年の戦争』(日経BP)など。Instagram/X: @tigerrhy

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