「バトル・オブ・ブリテン」の魂ふたたび! ポーランド人飛行隊の礎作った「レトロな戦闘機」英から“奇跡の渡欧”へ

第二次大戦でポーランド人飛行隊を支えた「ハリケーン」を、イギリスからポーランドへ飛ばす計画が進んでいます。85年の時を超えて“絆の翼”を再び空へ―歴史をつなぐプロジェクトとして注目を集めています。

自由ポーランド軍の翼として

 それは、航空機メーカーの製造設備が原因でした。長く続いた不景気で軍需も低調なために、イギリスでは古い製造機械の更新が進んでいませんでした。しかしヒトラー率いるドイツが再軍備を開始して、これに対抗するために戦力を整える必要が生じたため、「スピットファイア」のような新鋭機量産用の設備更新を急ぐと同時に、既存設備での量産が容易な戦闘機を保険として開発したのです。それがホーカー「ハリケーン」になります。

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翼下に爆弾を吊った状態で飛ぶ「ハリケーン」戦闘機(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。

 だから、外見こそレトロな「ハリケーン」ですが、その中身はロールス・ロイス製マーリン・エンジンに、洗練された引き込み脚と密閉キャノピーを採用するなど、「スピットファイア」に匹敵する最新技術が注がれていました。

 ホーカー・ハリケーンは、7.7mm機銃を8挺も搭載した高火力と、シンプルゆえに頑丈な機体の特性を活かして、「バトル・オブ・ブリテン」ではドイツ軍爆撃機を効果的に阻止しました。「スピットファイア」が敵戦闘機を格闘戦(ドッグファイト)で拘束している間に、「ハリケーン」が鈍重な爆撃機を狙う。そうした役割分担を基本戦術としたのです。

 そして「ハリケーン」は、ポーランド空軍とも深い関係がありました。第二次世界大戦は、ドイツ軍がポーランドに軍事侵攻して始まりました。ポーランドへの軍事援助を約束していたイギリスは「ハリケーン」戦闘機の供与を試みましたが、1か月もしないうちにポーランドは敗北して、全土が独ソに分割占領されてしまいます。

 それでも、ポーランド軍の一部は主に東ヨーロッパ経由でイギリスやフランスに逃れ、そこでドイツ軍と戦い続けます。そのため、「バトル・オブ・ブリテン」が始まった1940年夏には8000名を超えるポーランド空軍要員がイギリスにいました。

 彼らはイギリス空軍の指揮のもとで戦うこととなり、様々なスコードロン(飛行中隊)に配属されました。そこでポーランド軍の戦闘機パイロットが出会ったのが「ハリケーン」でした。

【え、空母から!?】艦載機として使われる「ハリケーン」戦闘機です(写真)

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