「ドイツの軍馬」IV号戦車よりも生産された“戦車みたいな砲”が存在した!? なぜこれほど頼りにされたのか
第二次世界大戦中、ドイツで最も多く生産された戦車はIV号戦車で「ドイツの軍馬」とも評されました。しかし、これよりも大戦中に多く生産された“ほぼ戦車のような”車両があります。それがIII号突撃砲です。
最初は動く砲兵だった!?
第二次世界大戦中、ドイツで最も多く生産された戦車はIV号戦車で、その数は約9,000両に達し、「ドイツの軍馬」とも評されました。しかし、これよりも大戦中に多く生産された“ほぼ戦車のような”車両があります。それがIII号突撃砲で、その生産数は約1万両です。
III号突撃砲は、既存の「III号戦車」の車体を利用して開発が開始され、1940年から量産が行われました。本車はもともと、歩兵に随伴して拠点攻撃などの火力支援を行うことを想定しており、機動力を備えた「動く砲兵」といった位置づけでした。この構想は1935年、ドイツ陸軍参謀本部のエーリッヒ・フォン・マンシュタイン大佐(当時)が、ルートヴィヒ・ベック上級大将に提案したことに始まるとされています。
実戦への初登場は、1940年5月に実施されたフランス侵攻作戦でした。当初は構想どおり砲兵科に所属する部隊へ配属され、歩兵に随伴して拠点攻撃などを行う支援車両として運用されました。
初期のIII号突撃砲は火力支援を主目的としており、戦車戦はあまり考慮されていませんでした。そのため、戦車のような旋回砲塔は持たず、上下方向のみ照準可能な固定砲を採用していました。ただし、初期型の段階からIV号戦車と同じ短砲身24口径7.5cm砲を装備しており、火力面ではベースとなったIII号戦車を上回っていました。
フランス侵攻時、機動力を担う機甲師団は、緒戦のアルデンヌ突破後もフランス・イギリス連合軍を包囲するため、かなりの速度で前進を続けていました。そのため、後方で残され戦線を固める歩兵・砲兵部隊にとって、III号突撃砲は心強い火力供給源となりました。前線での評価も非常に高く、強固な敵陣を破壊するIII号突撃砲は、頼もしい味方として重宝されていました。





流石に2号突撃砲は無いのでは?