山手線より半世紀も早かった! 日本初の「列車の自動運転」は東京じゃなかった!? その驚きの仕組み
導入が進んでいる鉄道の自動運転ですが、実は1960年代からその技術は完成されていました。当時の技術は、どのようなものだったのでしょうか。
数十年前の構想が実用化
一方、国鉄技術研究所は「ATS-S形」をベースとした車上式ATO「プログラム列車制御装置(PTC=Programmed train control)」の研究をしていました(信号や進路など地上設備を制御するPTCとは無関係)。
運転の基準となる距離、速度、時間のプログラムは、「さん孔テープ」と呼ばれる紙テープに穴を空けた記録媒体に入力し、車上装置にセットしました。ATOはプログラムに追従して速度を調整しながら走行するため、連続速度照査を持つ疑似的ATCとしても機能しました。
利点は現行の信号設備をそのまま使えることで、「PTC」はATS-S形の地上子を読み取り、「R」現示の場合のみ赤信号の手前で停止するブレーキパターンを生成します。ATCは速度信号が下がるごとに段付きの減速をしますが、PTCは一段プレーキなので列車間隔を詰めることができます。
先進的アイデアながら当時の技術では課題が多く、モデル試験にとどまりましたが、数十年の時を経て、同じ発想から生まれたATOが実用化されました。それが2020年にJR九州香椎線に導入された、ATS-DKと車上データベース情報を利用したATOです。
このシステムは国鉄技術研究所の後身である鉄道総合技術研究所が1999(平成11)年度に研究を開始したものですが、一つの理想形として代々受け継がれていたのかもしれません。自動運転は1980年代以降、新交通システムや地下鉄を中心に普及しますが、その土台には1960年代の研究開発が確かに存在したのです。
Writer: 枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx





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