「傑作艦」それとも「中途半端」? 日本初なのに賛否両論な重巡「古鷹」型 実は“全く違う名前”で計画されていた
1926年に就役した古鷹型は、小型ながら重武装の傑作艦という評価と、1万トン重巡洋艦と比べて中途半端、という相反する評価のある艦型です。なぜこのような艦が生まれたのでしょうか。
初の重巡誕生も「見劣り」した?
就役した古鷹型は、基準排水量7950トン、20cm単装砲6門、61cm連装魚雷発射管6基12門、舷側装甲76mm傾斜、34.6ノット(64.1km/h)という性能でした。これはホーキンス級を明らかに上回っていました。そのためワシントン海軍軍縮条約の規定に従って「重巡洋艦」とも呼ばれるようになり、艦種は「一等巡洋艦」とされました。
基準排水量を7100トンと発表していたこともあり、古鷹型は「驚異的高性能艦」として受け止められました。しかし、ワシントン海軍軍縮条約で認められた基準排水量は1万トンで、各国重巡の多くは20.3cm砲を8~10門備えていました。
これらと比較すると、古鷹型と、準同型艦の青葉型は見劣りしていたのも事実。20.3cm砲の前では、76mmの舷側装甲は無力に等しいものでした。その一方、「ジェーン年鑑」では古鷹型は舷側装甲127mmと考えられ、実際より評価されていました。反面「7100トンは嘘なのではないか」という疑惑もかけられていたといいます。
アメリカはロンドン海軍軍縮条約の交渉の際、重巡洋艦の対米7割を主張する日本に対し、「『古鷹・青葉型4隻で2万8400トン』を破棄して、9466トンの重巡3隻を建造するのではダメか」という交渉をしています。
もしこれが実現していたら、高雄型として建造されていたでしょうし、舷側装甲は20.3cm砲にもある程度耐えられる102~127mm傾斜となっていた可能性があります。主砲数は高雄型なら3隻で30門なのに対して、古鷹・青葉型は4隻で24門。速力も高雄型の方が上であるため、総合的な戦闘力は上がったかもしれません。
そして、主砲を15.5cmの3連装砲に変更することで、天龍型や5500トン艦の一部を置き換える「軽巡」になっていたとしたら、現在における古鷹・青葉型の評価は違ったでしょう。軽巡と仮定すれば、これは最強クラスの性能だからです。





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