長さ36km「私鉄の京葉線」構想が存在した! ディズニーとセットで進んだ新線計画、“空港直通”も視野!? その?末とは

かつて京成電鉄が、東京ディズニーランドのある京葉線エリアに鉄道路線を構想し、実際に免許を出願していたことがありました。この「京成版京葉線」とも言うべき計画は、どのようなものだったのでしょうか。

「そういう意味もあって申請を出したんです」

 京成新線のライバルは、国鉄が計画していた京葉線でした。京葉線は1961(昭和36)年の鉄道敷設法改正で建設予定線になると、1964(昭和39)年9月に工事線となりました。京葉線は貨物専用線の位置付けですが、将来的に旅客列車の運行も想定していました。京成が同年8月に免許申請したのは、国鉄の動きを牽制(けんせい)したものだったことが見えてきます。

 川崎社長は1965(昭和40)年に発行されたインタビュー本『これからの京成』で、「国鉄では、なんの話もしないで、京成がいきなり申請を出したというふうに言っておることも耳にしたんですが、われわれとしてはずっと以前から計画していたことだし、話し合いというのは申請を出しておいてからやってもいいんじゃないかと思うんです」と述べています。

 2年後に編纂された『五十五年史』は、「当社の東陽町・千葉寺間、交通営団の東陽町・西船橋間、臨海鉄道〔京葉線〕、モノレール〔日本エアウェイ開発出願線〕など幾つかあります。しかし、これらを併設することは国家的に見て不経済ですから、統合するか或いは譲り合ってよい線を1本敷設したらよいと思います」と記しています。軌間1435mmを前提とすれば京葉線との線路共用も不可能ですから、貨物専用線の京葉線に並行する形で京成新線を敷設する可能性を探っていたことが分かります。

 結局、京成は1968(昭和43)年9月24日、都合により免許申請を取り下げしたいと申し入れ、京成新線は幻となりました。同年10月には都市交通審議会が答申第10号を発表していることから、審議の過程で成算の見込みがないことが明らかになったからと考えられます。

 取り下げにより免許申請書類は返付されたため、詳細を示す史料は残っていません。東陽町から先の輸送をどのように考えていたのか、至近距離を並行する京成千葉線と京成新線が共存できたのかなど、謎は残ります。

 川崎社長は前掲書で「第二国際空港がもし冨里〔実際の成田空港からやや東京寄りの初期案〕あたりに出来れば、船橋あたりから空港まで鉄道をつけると、近道になるわけです。そういう意味もあって鉄道建設の申請を出したんです」と述べており、空港アクセス路線としての活用まで考えていたことが伺えます。京成新線が実現していたら、京成の路線網や運行形態は史実とは大きく異なっていたことでしょう。

【路線図】「京成新線」の推定ルート

Writer:

1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx

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