米軍パイロットが怖がった「恐るべき撃墜王」の真実 “北ベトナム軍の幻のエース”その正体とは

ベトナム戦争時、アメリカ軍パイロットの間で「トーン大佐」という名が死神のように恐れられました。機首に刻まれた13個もの撃墜マーク。しかし、その正体は戦場の恐怖心が生み出した「幻」でした。

米軍が陥った皮肉な勘違い

 次第に、アメリカ空軍および海軍航空隊では「恐るべきトーン大佐の伝説」だけがひとり歩きするようになり、しまいにはMiG戦闘機を見ると戦闘を回避するパイロットまで現れるようになっていきます。

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アメリカ空軍博物館のMiG-17戦闘機。機番は3020が描かれている(画像:アメリカ空軍)。

 しかし1972年5月10日、アメリカ海軍のランドール・ハラルド“デューク”カニンガム中尉とレーダー管制士官ウィリアム・パトリック“ウィリー・アイリッシュ”ドリスコル中尉が乗るF-4J「ファントムII」は、J-5戦闘機(機番3020)の撃墜に成功。これにより、トーン大佐は最期を迎えたとの認識が広がりました。

 ところが、当時の北ベトナム空軍はアメリカの空軍や海軍のように、特定の機体に専任のパイロットを付けるといった割り振りは行っていませんでした。同一機種であれば、パイロットは特定の機体に固執することなくフレキシブルに乗務するという搭乗員割を採っていたのです。

 そのため、J-5(機番3020)は複数のパイロットが操縦して実戦に参加しており、機首に描かれた赤星(撃墜マーク)は、複数人の撃墜数の合算というのが真相でした。そのため、MiG-21PF(機番4326)も同様に複数のパイロットが乗務し、13個の赤星は彼らの戦果の合計になります。

 戦後、ベトナムでの調査においても、北ベトナム空軍にはグエン・トーン大佐なる人物は存在しなかったことが確認されています。なお、ベトナム戦争時、北ベトナム空軍では地上および管制塔と航空機の間における通信で、パイロットの実名を使用したことはありませんでした。その点からも、アメリカ側が傍受した無線内容の精査不足といえるでしょう。

 すなわち、エース・パイロットのグエン・トーンというのは、アメリカのパイロットたちの恐怖心が生み出した「幻の撃墜王」だったのです。

 ちなみに、北ベトナム空軍の公式記録によれば、前出のMiG-21PF(機番4326)は機番4324と同一機だそう。4324号機は第921飛行連隊に所属し、12人のパイロットが搭乗して69回の空戦に参加、1967年11月から1968年5月までに14機のアメリカ軍機を撃墜しているとのことです。

【アナログ計器がズラリ!】これがMiG-21戦闘機のコクピットです(写真で見る)

Writer:

東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。

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