埼玉は損してた? さらば「大宮格差」、値上げの形で消滅へ JR東日本の“いびつな”エリアはなぜ存在していた?

JR東日本が2026年3月の運賃改定で「電車特定区間」を廃止します。東京駅から北へ約30kmの大宮駅が北限とされ、沿線自治体から不満の声が上がっていたこの制度は、なぜ生まれ、そして消えるのでしょうか。

ルーツは明治時代「国電」という概念

 1984(昭和59)年の運賃改定では、鉄道の競争力確保と収支改善を両立するため、長く続いた全国一律の運賃体系を廃止。地方交通線は1割増しとする一方、山手線内各駅相互の運賃、特定運賃、国電区間1~10kmの初乗り運賃を据え置き、大都市圏の値上げ幅を抑制しました。

 1985(昭和60)年の運賃改定でも幹線(300km以内)は5.5%値上げしましたが、山手線内、特定運賃、国電区間(1~6km)は据え置きました。

 1986(昭和61)年の運賃改定でも山手線内、国電区間(全線)の運賃が据え置かれ、「電車特定区間」が運賃区分として独立しました。

 1987(昭和62)年にJRが発足し、国鉄最後の運賃改定が引き継がれます。JR東日本は電車特定区間に含まれていた山手線内を別個の運賃区分としたため、現在の4区分が成立しました。ただしこれだけでは、「なぜ電車特定区間が現在の範囲なのか」の説明にはなりません。

 ここで重要なのが、前出の「国電」という概念です。国電区間とは国鉄の大都市電車区間という意味で、鉄道院時代(1908~1920年)は「院電」、鉄道省時代(1920~1949年)は「省電」と呼ばれました。なお、民営化後はJR東日本が「E電」という愛称を付けたものの全く浸透せず、「○電」の呼び名は忘れられて行きました、

 実はこの院電は、明治時代から「特定運賃」が設定されていました。中央線の前身である私鉄・甲武鉄道が市内路面電車との対抗上、新宿以東の運賃を同額としたことに始まり、国有化後は院電に引き継がれます。電車区間の特定運賃ということで「電車特定運賃」の制度が誕生しました。

 その後、電化の進展とともに電車特定運賃の設定範囲が拡大していきます。1942(昭和17)年の運賃改定で山手線内に特別運賃が設定され、3段階の運賃体系となりますが、戦後に割引率は段階的に縮小され、1961(昭和36)年に廃止されました。都市部の運賃を戦略的に抑制する制度は1984年以前にもあったのです。

【路線図】廃止されるJR東の「電車特定区間」と「山手線内」エリア

【特集】値上げの春! JR東日本「運賃大改定」鉄道はどう変わる?

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コメント

2件のコメント

  1. 「省電」という言い方は身の回りで聞いたことがありません。みんな「省線」と呼んでましたよ。

  2. 一般人に分かるように説明してくれ

    要はどうなるねん

    大宮だけオワコン化ってこと?