近鉄王国に殴り込んだJR“俊足”快速のいま 2500円の「高コスパ」列車は新型導入で風向き変わるか

名古屋~伊勢市・鳥羽間を結ぶ快速「みえ」は、近鉄特急・急行に対抗する形で登場したJR東海の快速列車です。現在この列車はどの程度利用されているのでしょうか。

戦前から続く競争

 名古屋~伊勢市・鳥羽間は、戦前から国有鉄道と私鉄の間で競争が行われていました。

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JR東海の快速「みえ」(安藤昌季撮影)

 国有鉄道が鳥羽まで開通したのは、1911(明治44)年のこと。しかし、1930(昭和5)年に伊勢電気鉄道が桑名~大神宮前間を開通させて伊勢神宮への輸送を開始したため、国有鉄道側は準急列車を設定し、名古屋~山田(現・伊勢市)間を約2時間20分で結びました。

 1938(昭和13)年に関西急行電鉄が関急名古屋(現・近鉄名古屋)~桑名間を開業し、名古屋~大神宮前間の直通特急は1時間50分程度に。国有鉄道の準急も2時間2分までスピードアップしていましたが、私鉄側が有利でした。

 1950(昭和25)年に国鉄は名古屋~鳥羽間で快速列車を設定。当時、太平洋戦争中に私鉄側は一部区間が不要不急線として廃止されたため、伊勢中川駅での乗り換えが発生して不利でした。しかし1959(昭和34)年に近鉄となっていた私鉄側は、名古屋線を改軌し、直通列車を復活させます。そして30分~1時間ごとに特急と急行を運転し、国鉄を圧倒したのです。

 国鉄は1966(昭和41)年に快速を気動車急行「いすず」に格上げします。1日2往復で、1往復は岐阜発・美濃太田着にして近鉄特急と差別化を図りますが、近鉄特急が近鉄名古屋~伊勢市間を約1時間30分程度で結んでいたのに対して、「いすず」は同区間が2時間6分でした。名古屋発着の1往復は急行「かすが」を併結し、さらに遅いため勝負にならず、わずか2年で廃止に追い込まれ、優等列車自体が消滅します。

 JR東海が発足して1年後の1988(昭和63)年、JRが逆襲に転じます。名古屋~伊勢市間に「ホームライナーみえ」を設定。さらに1990(平成2)年、名古屋~松阪間に急行形気動車による快速「みえ」が一気に9往復設定されます。伊勢鉄道を経由し、同区間を近鉄特急と同等の1時間12分で結んだのです。

 さらに「みえ」は、1991(平成3)年に12往復へ増発されました。最高速度も110km/hに向上し、名古屋~松阪間は1時間6分に短縮。一部の近鉄特急よりも速くなりました。座席もリクライニングシートに換装され、設備面でも対抗。当時は車掌が列車内で、東海道新幹線の指定席特急券を発券するなどの細やかなサービスも行われ、「みえ」は好評を博しました。

 1993(平成5)年からは新型気動車のキハ75系を投入し、最高速度は120km/hに。名古屋~松阪間は最速1時間1分となりました。停車時間を含めた平均速度である表定速度は84km/hで、同区間の特急「南紀」と同等に。当時、日本一速い気動車快速列車でした。

 近鉄はこれに対して、急行列車にデュアルシートを導入し、クロスシート化するなどの対応を取りました。

【俊足】快速「みえ」の車窓から海を見る(写真)

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コメント

1件のコメント

  1. いくら、高速化で時間短縮しても、座席の座り心地を良くしても、「電車」と「気動(ディーゼル)車」とでは、乗り心地が違うので、私なら「電車」のほうに乗るなぁ。