廃線のディーゼルカー10年ぶり復活、その意外な理由 神岡鉄道「おくひだ1号」(画像10枚)
廃線のディーゼルカーが、10年ぶりにレールの上を走行しました。その行先には、大きなふたつの計画が。廃線は「終わり」ではなく、ひとつの「始まり」でもあるようです。
囲炉裏風の列車、およそ10年ぶりに走行
2017年4月8日(土)、旧・神岡鉄道の奥飛騨温泉口駅(岐阜県飛騨市)で「ロストラインフェスティバル」が開催されました。神岡鉄道は旧・国鉄神岡線を引き継いだ第三セクター鉄道として1984(昭和59)年に発足し、2006(平成18)年に廃止されました。現在は、NPO法人「神岡・町づくりネットワーク」が、廃線跡の線路を使って走るレールマウンテンバイク「ガッタンゴー」を運営し、観光客に人気となっています。
「ロストラインフェスティバル」は「ガッタンゴー」の今シーズンの営業開始を記念して開催されました。メインイベントは神岡鉄道の現役時代に活躍したディーゼルカーの復活運転でした。神岡鉄道が保有していた2両のディーゼルカー、KM-100形、KM-150形と、ディーゼル機関車KMDD13形は、廃止時に神岡鉱山前駅(岐阜県飛騨市)構内の車庫に保管されました。
2両のディーゼルカーは保存状態が良く、このたび2両とも走行可能な状態に修復。塗装も施されてピカピカになりました。このうち、KM-100形「おくひだ1号」が「ただいま」と書いた飾りをつけて、神岡鉱山前駅から2.9km先の奥飛騨温泉口駅まで運行されました。大勢の来場者が「おかえりなさい!」と書かれた小旗を振り、神岡中学校のブラスバンド部が神岡鉄道現役時代に作曲されたテーマ曲「手作りの汽車に乗って」を演奏し、くす玉が割られて歓迎式典が開催されました。
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式典のあとは試乗体験会として、奥飛騨温泉口~神岡大橋間の片道800mを5往復しました。筆者(杉山淳一:鉄道ライター)は第1便に乗り喜ぶ人々を見送り、第2便に乗車しました。「おくひだ1号」はゆっくりと進みます。車内では現役時代を懐かしむ人々や、初めての体験を楽しむ子どもたちの歓声があがりました。窓が開く列車もいまでは貴重となりました。
そしてなんといっても、KM-100形とKM-150形の特徴は、囲炉裏風のボックスシートです。ここに座る人たちも隣同士で会話が弾みます。
沿線では全国から集まった鉄道ファンがカメラを向けていました。「おくひだ1号」は安全運行のため全行程を徐行します。それが期せずしてシャッターチャンスを増やし、サービス向上につながったようです。
廃線活用は必要だし、電化復活なども考えなくてはならない。
単に利用者が少ないから廃止でなく利用者を観光以外で増やす方法も必要だと思う。
地方のローカル線なら転換クロスを入れるのも手だし、居住性向上が鍵になると思われる。