古い歩道橋、架け替えではなく撤去のワケ 時を経てお荷物に? 維持管理に知恵絞る自治体

残すべきところは残す 維持管理費を賄うための秘策とは

――「残してほしい」という声はないのでしょうか?

 道路条件などにより横断歩道が設けられない場所については、今後、地元と調整していくなかでそうした声も出てくるかもしれません。ただ、歩道橋が歩道の幅員を圧迫しているケースも多く、むしろ「何とかならないか」といった声も聞かれます。

※ ※ ※

 京都市によると、「歩道橋の多くはもともと、交通事故と渋滞、双方の対策として歩行者とクルマを構造的に分離するためにつくられたものです。当時はこれで安心が得られたのかもしれませんが、現在は子どもも少なくなり、使われ方が変わってきています」と話します。京都市では歩道橋存続の条件のひとつとして、「児童の利用者数がおおむね100人」を想定していますが、それを満たすものについても「利用実態を今後ていねいに検証していく」としています。

 このように歩道橋が撤去される背景には、道路施設の維持管理を効率化する目的があることがわかります。一方で、残すべきところの維持管理費用を賄うため、歩道橋のネーミングライツ(命名権)を民間に販売するといった手法も全国の自治体で行われています。

 たとえばさいたま市では、市が管理する一部の歩道橋について1橋あたり月額2万5000円以上という条件で、2015年からネーミングライツのパートナーを募集。「〇〇歩道橋」という正式名のほかに、法人名や商品名、ロゴマーク、キャッチフレーズなどを橋桁(はしげた)に表示することができるとしています。さいたま市はその趣旨について、「販売収入を歩道橋の維持管理に充てることと、民間企業の地域活動、社会貢献の場を提供すること」といいます。

 さいたま市がネーミングライツの対象としている歩道橋は42橋ありますが、2017年9月現在、パートナーが決定しているのは15橋に留まっています。ただ、パートナーが集まらなかった橋が撤去の対象になるようなことはなく、「そもそも撤去を検討している歩道橋についてはパートナー募集をしていません。また、ネーミングライツで得た収入を撤去費用に充てることもありません」といいます。パートナー未決定の27橋については、引き続き募集していくそうです。

 古い歩道橋の撤去を進めつつ、地域の協力を得ながら、残すべきところをどう維持管理していくか、全国の自治体が知恵を絞っているようです。

【了】

この記事の画像をもっと見る(2枚)

最新記事

道路交通情報(外部サイト)

  • 「最新の交通情報はありません」

コメント

11件のコメント

  1. バリアフリーが理由だったら、最初から信号付き横断歩道にすべき。大体、決して安くない税金使って、折角作った歩道橋が利用されずに撤去って、悲しくなる。

    • でも一応は寿命いっぱいまで使い倒したわけで、今後2代目橋に架け替える必要が有るか無いかと検討したという話の流れだから。「以て瞑すべし」と言い得る慶事だと思う。

    • バリアフリーなんていう概念が無かった時代に作った歩道橋の話でしょ?これ

  2. 俺等が受けた教育もこれまでか?

  3. バリアフリーなら地下道か歩車分離信号にするべき。
    ペストリアンデッキこそ鉄道の高架化より明らかに無駄遣いだからだ。
    高架化すれば駐輪場も増えて違法駐輪も減るし。
    ペストリアンデッキや橋上駅舎は風に影響されるわ、駐輪場は別個設置、踏切残るわで余程、無駄遣いです。

  4. 別に架け替え要らないでしょ。だって誰も使わないんだもん。使わないもん置いておくだけ税金の無駄だと思うがな。
    最近の歩行者なんて交差点でも平気で信号無視して飛び出してくるし。横断歩道がないところでも車が接近していようがいまいが安全確認すらしないで平然と横断するし。

    • 最近最近って
      昔から飛び出しはあるだろ

  5. 改めて考えてみれば、地震の時の倒壊の可能性のあるものを除去する、という面があるのも理解はできると言えばできるんですけれどもねぇ。
    でも、正直本当に歩行者だからこそ、なおさら、交通ルールを守る以上に、危険回避行動をすべきだと思う。
    まあ、歩行者優先=交通マナー無視、の世の中では書いてて虚しくなるが。

  6. 最初からそういう考えなら設置していませんから。

  7. 昭和40年代の魔女っこアニメで、道路に落書きしてた子が車に轢かれたので世界中の子供から募金を募ってそれは立派な歩道橋を造ってもらう。
    というエピソードがあった。
    当時からヒネたガキだった私は、歩道橋くらい外国にたかるなよwと思ったが、そうまでして設置が願われた歩道橋が撤去されてゆくのは皮肉にも感じる。
    確かに自分が腰を悪くして以来、多少距離が増しても平面を歩くルートを選択しており、歩道橋は避けているので。

  8. かつて児童として歩道橋を渡っていたボリューム世代である団塊の世代が
    今度は老人となって階段を登れなくなって不要となった、って図式じゃないかなあ