いまに残る旧陸軍の遺産、朝霞の一○○式鉄道牽引車は線路も道路も走るハイブリッド!(写真13枚)

鉄道の線路上も普通の道路も両方走れる「軌陸車」。陸自朝霞駐屯地の、国内で唯一現存する旧陸軍の軌陸車「一〇〇式鉄道牽引車」はなぜ作られ、そしてなぜいまそこにあるのでしょうか。

なぜ旧陸軍は鉄路道路両用の軌陸車を作った?

 茨城県阿見町にある陸上自衛隊土浦駐屯地(武器学校)に旧日本陸軍の八九式中戦車や三式中戦車が残されているのは有名ですが、実は朝霞駐屯地(東京都練馬区)にも旧陸軍の車両が遺されていることはあまり知られていません。

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陸上自衛隊朝霞駐屯地の輸送学校前庭に展示された「一〇〇式鉄道牽引車」。輸送学校のシンボルとなっている(2012年2月、柘植優介撮影)。

 それもそのはず、朝霞駐屯地は広報センター(愛称:りっくんランド)こそ一般開放されているものの、それ以外の場所は原則として開放されていないため、見ることが難しいからです。

 朝霞駐屯地にある車両は「一〇〇式鉄道牽引車(けんいんしゃ)」といい、輸送学校という陸自輸送科職種の教育機関の敷地入口に展示されています。鉄道牽引車という名称ながら、一見するとトラックのような佇まい、それはこの車が「軌陸車(軌道陸送車)」という鉄路と道路の両方を走行することが可能な特殊車両だからこそなのです。

 昭和に入って間もないころ、旧日本陸軍は大正時代に行われたシベリア出兵での経験から、大陸における鉄道輸送を円滑に行うため、多種多様な鉄道用車両の開発を決定、これにより国産の軌陸車開発がスタートしました。

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車体の銘板。昭和16年7月製と読み取れる(2012年2月、柘植優介撮影)。
6WDの足回り。左右のフェンダー内側から動輪基部に伸びる鉄パイプは砂撒き装置(2012年2月、柘植優介撮影)。
車体後端には連結器。右下に置いてあるのはオリジナルのハンドル(2012年2月、柘植優介撮影)。

 1929(昭和4)年春に石川島自動車製作所(後のいすゞ)で「スミダRSW型」と呼ばれる広軌装甲牽引車が製作されると、「試製九〇式装甲牽引車」、「九一式同」、「九二式同」と立て続けに開発、満州事変などで実戦投入され、欠点が改良されていきました。

 そのようななかで陸軍は、牽引車自体に装甲を施すと戦闘の際は有利でも、逆に自重が増えるため牽引車としての能力は低下してしまうことに気付きました。そこであえて装甲を有しない牽引車として1937(昭和12)に「九七式鉄道牽引車」を開発。これを基に誕生したのが「九八式同」で、その改良型として1941(昭和16)年に登場したのが「一〇〇式鉄道牽引車」だったのです。

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コメント

3件のコメント

  1. 良い記事でした。
    埼玉の鉄博に取られるところだったというウワサを聞いたことがw
    動かせないのは、これもまたウワサですが自走できると装備品になってしまい、管理上の問題があると…
    北海道で61式戦車を復活、イベントで走行展示したら財務省に大目玉喰らったという…
    なにはともあれ、朝霞で末永く保存してもらいたいものです。

  2. 大昔に鉄道部隊であった陸上自衛隊の第101建設隊の車輌じゃないんだ。

  3. 徳島では 普通の道も 鉄道のレールも走れる バス型の列車が普通に走ってます。
    都会だけでなく ぜひ」田舎にもお越しくださいな。