東北の高速バス事情 列車からバスへ継承された「夜行文化」、新幹線延伸でどう変わった

東北では、往年の夜行列車から「夜行文化」を引き継ぎ、首都圏へと毎日走る夜行高速バスがいまも堅調。都市間を結ぶ昼行路線も地域の足を担っているほか、新参事業者も頭角を現してきています。

「ノクターン号」が切り開いた夜行バス文化

 東北地方の高速バス最大の特徴は、夜行列車が多数運行されていた時代から綿々と続く「夜行文化」を引き継ぎ、北東北から首都圏へ向かう長距離夜行路線が、いまも「元気」な点です。もちろん、ほかの地方と同様、中核都市である仙台市を中心とした短・中距離昼行路線のネットワークや、福島県など南東北から首都圏への昼行路線もあります。なお、仙台~首都圏路線については成長の経緯などが異なるため、本記事では割愛し別の機会に紹介することにします。

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青森・弘前と東京を10時間50分で結ぶ弘南バス「スカイ号」。日本最長距離を走る昼行便(中島洋平撮影)。

 古くは、石川啄木の「ふるさとの訛なつかし停車場の 人ごみの中にそを聴きに行く」という歌(啄木は岩手県出身で、「停車場」とは上野駅とされる)や、高度成長期に「金の卵」と呼ばれた東北の中学卒業者が東京に集団就職した歴史に象徴されるように、東北地方と首都圏の人的交流は以前から活発でした。冬場の農閑期には首都圏へ出稼ぎに向かう人も多く、特に年末の帰省ラッシュ時にはたくさんの人が故郷を目指しました。

 1982(昭和57)年、東北では新幹線が大宮から盛岡まで開業しましたが、青森県や秋田県から首都圏、あるいは中核都市である仙台のあいだを移動するのは、依然として半日がかりでした。首都圏や東北のバス事業者らは、帰省ラッシュ時限定で主催旅行(現・募集型企画旅行)形式の「帰省バス」を運行していましたが、1986(昭和61)年、青森県の弘南バスが京浜急行電鉄と共同で、乗合の夜行高速バス「ノクターン号」(弘前~東京)の通年運行を開始します。眠っているあいだに移動できる夜行高速バスは、出張客や帰省客などに好評を得て人気路線となり、1995(平成7)年には2列配置(車両の両側に1席ずつ配置)の上級座席「スーパーシート」も登場しました(その後廃止)。この路線の成功は、東北のみならず全国で高速バス路線が急増するきっかけとなったのです。

 現在、青森や秋田、盛岡といった県庁所在地はもちろん、五所川原、弘前、むつ(青森県)、大館、能代(秋田県)、久慈、宮古(岩手県)、鶴岡、酒田、新庄(山形県)といった都市から首都圏へ夜行高速バスが運行されています。また、仙台、山形、酒田、福島、いわきから大阪へ、仙台から名古屋への夜行高速バスもあります。仙台など東北の各空港と大阪を結ぶ航空路線はありますが、距離が長い分、運賃の差も大きいことで、高速バスが一定のシェアを確保しています。

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