戦艦+空母=最強? を実際にやった「航空戦艦」、旧海軍「伊勢」「日向」の一部始終

唯一の海戦は「戦艦」として…その後の「伊勢」「日向」

 艦載機の生産の遅れなどにより、予定されていた空母戦には参加できず、唯一参加した「レイテ沖海戦」には航空機なしで、通常の戦艦として参加しました。それからの作戦では航空機格納庫を物資積載場所として使用し、輸送艦のように運用されたといいます。

 その後は、燃料も底をつき、さらに日本沿岸にまでアメリカの潜水艦が跋扈(ばっこ)するようになったため、呉軍港に留め置かれるようになりました。2隻とも飛行甲板となるはずだった場所には対空兵装が搭載され、最後は呉を守る砲台になりました。そして戦争末期の呉空襲によって、2隻とも大破着底、そのまま終戦を迎えます。

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1945年7月24日の「呉軍港空襲」にて、アメリカ軍機からの攻撃を受ける「伊勢」(アメリカ海軍)。

 ちなみに終戦後、2隻とも浮揚・解体の道を辿るのですが、「伊勢」については浮揚後しばらくのあいだ、外地からの引揚者の住宅として艦内が割りあてられたことがありました。

 この航空戦艦という考え方は、日本だけでなく、イギリスやアメリカでも戦前、戦中に計画されはしましたが、結局プランだけで形にはなりませんでした。実際に造ったのは日本だけなのです。とはいえ前述したように、日本もむしろやむを得ず実施したようなものであり、正規空母が多数ある状況ならば行わなかったでしょう。

 しかも戦後は航空機の発展により、戦艦すらも不要になってしまいました。そう考えると、航空戦艦とはまさに戦争が生み出した仇花だったともいえるのです。

【了】

【写真】終戦前後、呉で大破着底する「伊勢」「日向」

Writer: 月刊PANZER編集部

1975(昭和50)年に創刊した、40年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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