海中にひそむ潜水艦 いかにして一国を脅かすほどの力 持つまでになったのか?

かつて砲艦外交の主役が戦艦だったころ、潜水艦は各国海軍のなかでも傍流であり、脇役的存在でした。いまやアメリカをはじめ一部の国では、空母と共に砲艦外交の役割を担うまでその地位を高めました。その成り上がりの経緯を追います。

最初は「船乗りらしからぬ卑怯者」扱い

 潜水艦の最大の特徴は海中に潜れることです。技術が発達した現代でも海中に潜む潜水艦を見つけるのは難しく、「海の忍者」とも言われるように、その行動は秘密のベールに包まれています。そして、この見えない忍者は一国を脅かすような力をも秘めているのです。

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WW2期占領下フランスのロリアン基地に入港するドイツのUボート「U130」。右下の岸壁にはもう1隻Uボートが停泊、大勢が出迎えている(画像:ドイツ連邦公文書館)。

 海中に潜れる現代的潜水艦は19世紀には登場していましたが、当初、水上の艦船を攻撃する方法は限られていました。港湾に停泊中の敵艦へ密かに近づいて、船底に機雷を仕掛けて爆発させるという危険な戦法で、ほとんど戦果は挙げられず、労多く益の少ないものでした。しかも「船乗りらしからぬ卑怯な戦法」という非難さえ受けてしまう有様です。

 自力で目標に向かって進む機雷=魚雷が発明されることで、ようやく潜水艦は一人前の攻撃手段を得ることになります。その実力を認められたのは第1次大戦の頃からです。

 潜水艦といえばドイツのUボートは有名で、何本も映画が作られています。ちなみに「Uボート」とは「Unter see boot(ウンターゼーボート、水の下の船)」の略語で、厳密には固有名詞ではありません。

 Uボートは第2次大戦の緒戦では大西洋で猛威を振るい、島国イギリスのシーレーンを脅かして経済的に窮地に追い詰めます。魚雷1発は家1軒分の価格だったといわれ、節約の為に商船など反撃してこない敵には浮上して、安い砲弾の大砲で攻撃しました。それほどUボートにとって「獲物」は豊富だったのです。

 イギリスやアメリカ海軍もUボートに必死の反撃を加え、戦争中期以降、Uボートの威力も減殺されていきます。Uボートの活動と苦労の物語は映画でもよく描かれているところですが、海軍にとってはやはり空母や戦艦、巡洋艦が主力です。シーレーンを脅かすことは、戦略的には意味のあることでしたが、それでもまだ潜水艦は地味で傍流でした。

【写真】魚雷積み込み中のUボートから世界最大の原潜まで 潜水艦いろいろ

 
    
 
    

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コメント

1件のコメント

  1. 核兵器の威力…(泣)