宮下洋一(鉄道ライター、模型作家)の記事一覧
Writer: 宮下洋一(鉄道ライター、模型作家)
1961年大阪生まれ。幼少より鉄道に興味を持つ。家具メーカー勤務を経て現在はフリー作家。在職中より鉄道趣味誌で模型作品や鉄道施設・車輌に関する記事や著作を発表。ネコパブリッシングより国鉄・私鉄の車輌ガイド各種や『昭和の鉄道施設』・心象鉄道模型の世界をまとめた『地鉄電車慕情』など著作多数。現在も連載記事を執筆中。鉄道を取り巻く世界全体に興味を持つ。
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【鉄道のある風景今昔】「朝夕しか運転しません」7年間も!? 名鉄電車が走った「北恵那鉄道」 今も残る大橋梁に夢の跡
プレミアム
かつて中央本線の中津川駅の近くから北へ延びる電化の私鉄「北恵那鉄道」がありました。名古屋鉄道が資本参加したため、名鉄からの車両が多く転入しましたが、晩年は線路の保守も行き届かず、廃線のような状況になっていました。
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【鉄道のある風景今昔】電機メーカーの肝いりローカル私鉄、なぜ20年で廃止危機に? 「大鰐線」が弘南鉄道になるまで
プレミアム
現在は弘南鉄道の路線として知られる大鰐線は、かつて廃止の危機に直面したことがありました。それは前身の弘前電気鉄道時代。約20年で解散した会社ですが、今回はその短い生涯にスポットを当ててみます。
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【鉄道のある風景今昔】え、ここから「電車」に? 意外な駅に接続していた山形交通三山線 木造電車はまもなく100歳
プレミアム
ローカル国鉄の左沢線 羽前高松駅から月山の麓まで、かつて「三山線」という電化路線が延びていました。戦時統合により運行会社が一度変わっています。半世紀近く前に廃止されましたが、今も車両が酒造博物館に保存されています。
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【鉄道のある風景今昔】みかんを運んだ私鉄「有田鉄道」 21世紀まで“よくぞ”生き残った 末期は運転士1名!?
プレミアム
現在の和歌山県有田川町に、約20年前まで有田鉄道が通っていました。沿線のみかんなどを運ぶ貨物輸送が主でしたが、モータリゼーションの波に押され非常に厳しい経営を強いられていました。末期には、沿線の学校が休みの日には運休という有様でした。
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【鉄道のある風景今昔】いよいよ迫る渓谷 小私鉄の苦悩を物語る? 野上電鉄の記録その3 終点から線路が…
プレミアム
野上電鉄の最終回は、紀伊野上~登山口間を紹介します。途中、貴志川に沿って走る区間は絶景でしたが、過去には水害に悩まされたこともあったそう。終点の登山口駅では、延伸を計画した方向へ線路が続いていました。
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【鉄道のある風景今昔】模型のお手本になる? 野上電鉄の記録その2 郷愁の風景になぜか新しすぎる架線柱
プレミアム
野上電鉄の2回目は、重根~八幡馬場間を紹介します。思わず模型にしたくなるような古い駅舎、一面の田んぼの中を行く戦前の電車、そしてそんな風景に似つかわしくない真新しい架線柱。和歌山の小私鉄の記録です。
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【鉄道のある風景今昔】補助金頼みで90年代まで存続「野上電鉄」 豪快な始業風景 「駅でない」珍駅も
プレミアム
JR紀勢本線 海南駅の山側に、かつて野上電鉄の始発 日方駅がありました。生石高原の登山口までを結ぶ路線でしたが、末期には補助金すら打ち切られるほどの大赤字。そんな小私鉄を数回に分けて紹介します。
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【鉄道のある風景今昔】近鉄時代の“特殊狭軌”内部・八王子線 ナローのままあすなろう鉄道に至る4つの転機とは
プレミアム
日本国内で数少ないナローゲージ鉄道として知られる四日市あすなろう鉄道は、現在に至るまで幾度となく運行会社が変わっています。近鉄が運行していた1970~80年代にかけての内部・八王子線の記録を紹介します。
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【鉄道のある風景今昔】山形交通のルーツのひとつ「高畠線」 小型電車と貨物の小私鉄を襲った水害
プレミアム
かつて山形県南部に小さな私鉄が走っていました。山形交通の高畠線です。旅客輸送のほか沿線の工業品や農産物を運ぶ貨物輸送も担っていました。途中の高畠駅は大谷石造りの駅舎で、廃線後もバス待合所として使われました。
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【鉄道のある風景今昔】電気代すら払えなかったことも 東北の小私鉄・羽後交通雄勝線
プレミアム
かつて秋田県南部の湯沢に、小さな私鉄が走っていました。羽後交通の雄勝線です。電化路線でしたが、経営が苦しすぎて料金を払えず、電気を止められたというエピソードも。終点近くでは今も、木造電車が1両保存されています。