【鉄道のある風景今昔】電機メーカーの肝いりローカル私鉄、なぜ20年で廃止危機に? 「大鰐線」が弘南鉄道になるまで

現在は弘南鉄道の路線として知られる大鰐線は、かつて廃止の危機に直面したことがありました。それは前身の弘前電気鉄道時代。約20年で解散した会社ですが、今回はその短い生涯にスポットを当ててみます。

この記事の目次

・中央弘前~板柳、西弘前~田代も計画

・なぜ三菱電機が経営に参画したのか

・わずか20年で廃線の危機に…

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中央弘前~板柳、西弘前~田代も計画

 現在の弘南鉄道大鰐線はもともと、弘前電気鉄道により戦後に開通した電化私鉄です。開業の時期もその生い立ちも、ちょっとユニークな鉄道でした。

 ひとつは並行する国鉄路線がある中で建設された、都市間連絡スタイルという点。もうひとつは鉄道の建設から車両の調達まで、その段取り全てを三菱電機が手掛けたという点です。これらは、戦後の弘前を中心とする津軽平野の交通事情が非常に悪く、輸送改善と産業の振興開発が求められる中、弘前の有力者を中心に三菱電機の資本参加を得て弘前電気鉄道が設立されたという経緯ゆえでした。

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弘前電気鉄道時代末期の津軽大沢駅にて。電車は木造の国電サハ19形を改造したクハニ202で、えんじ色の塗装はかなりくたびれていた。クハニ202。1969.12、津軽大沢(所蔵:網谷忠雄)。

 計画では、第1期線として中央弘前から大鰐までが、第2期線として中央弘前から板柳までが、さらにそれとは別に西弘前から分岐して田代へ向かう目屋線が予定され、それぞれ敷設免許も得ました。1952(昭和27)年、第1期線(中央弘前~大鰐)が開業。中央弘前は第2期線への延長も考えた立地でしたが、結局第1期線の開業のみで終わっています。

なぜ三菱電機が経営に参画したのか

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Writer:

1961年大阪生まれ。幼少より鉄道に興味を持つ。家具メーカー勤務を経て現在はフリー作家。在職中より鉄道趣味誌で模型作品や鉄道施設・車輌に関する記事や著作を発表。ネコパブリッシングより国鉄・私鉄の車輌ガイド各種や『昭和の鉄道施設』・心象鉄道模型の世界をまとめた『地鉄電車慕情』など著作多数。現在も連載記事を執筆中。鉄道を取り巻く世界全体に興味を持つ。

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