電車の前面展望が見えにくくなったワケ 広くなった運転室に「ドイツ車」の思想
最近の鉄道車両は、運転室の空間が広くなり、車内からその前面展望が見えにくいものが多くなっています。この広い運転室、安全性の向上に重要な意味を持っています。
運転室の奥行きが広がった理由
電車の運転席のすぐ後ろの窓は「かぶりつき」と呼ばれ、前方の車窓を楽しむ絶好の場所として子どもにも人気です。
しかし、最近の電車では、以前よりも前方の車窓の迫力を楽しめなくなっています。運転士のいる運転室が広くなり、「かぶりつき」の窓とフロントガラスが遠くなっているためです。なぜ最近の電車の多くは、運転室が広くなっているのでしょうか。
その理由は、もし電車が踏切などでトラックや障害物に衝突しても、運転室が完全につぶれることのないよう、衝撃吸収のための空間が設けられているからです。一見余分な構造部ですが、衝突のエネルギーを真っ先に受けてつぶれることで、他の構造へのダメージを最小限に抑える効果があります。この空間は「クラッシャブルゾーン」と呼ばれます。
JR東日本では、1992(平成4)年に成田線の踏切で電車とダンプトラックが衝突した事故を機に、運転士や乗客の保護のため、1994(平成6)年に登場したE217系以降の電車にはすべてこのクラッシャブルゾーンが設けられることになりました。
一方のJR西日本では、たとえば新快速などに使われている225系電車にもクラッシャブルゾーンが設けられていますが、JR東日本の車両に比べると、運転室はさほど広くありません。この違いは、車体上部が先につぶれて衝突エネルギーを吸収させるという設計思想に基づくものです。この考え方は柔道の技に例えて「ともえ投げ方式」とも呼ばれます。
クラッシャブルゾーンの考え方は、20世紀半ばのドイツまでさかのぼります。メルセデス・ベンツの技術者ベラ・バレニーは、自動車の安全対策として、ただ剛性を高めるだけではなく、衝突エネルギーをあえて各パーツがつぶれることで吸収し、ドライバーの空間の変形を抑えられるのではないかと考えました。このアイデアは1953(昭和28)年に同社のW120で世界初採用され、現在の自動車設計の基本となると同時に、鉄道車両の設計へも受け継がれていったのです。
【了】
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