絶滅寸前「特急シンボルマーク」 60年続く「栄光の逆三角形」現在見られる列車は?

「特急シンボルマーク」バリエーションも生まれる

 151系は、スピード感あふれる流線形とし、運転台を上部に設置するという、それまでにないデザインが採用されました。前面中央には、それまでの特急列車と同様、列車名を表記したヘッドマークが取り付けられています。これに加えて、新時代の特急を象徴するにふさわしいシンボルマークを付けることを決定。デザインは一般公募で集まった約5000点の中から「シンプルでスピード感がある」として選ばれたものを国鉄のデザイナーが手直しして、あの形状となりました。

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京都鉄道博物館に保存されているクハ489形。151系とほぼ同じスタイルだ(2016年3月、伊原 薫撮影)。

 ちなみに、特急形車両の側面に掲げられていた、国鉄(JNR)を表す「JNRマーク」もこの時に生まれました。「JNRマーク」は、一般公募で選ばれなかったもののうち、国鉄を象徴したデザインのものが原案となっています。特急シンボルマークと同様、長らく受け継がれてきましたが、1987(昭和62)年、国鉄がJRとなったのを機に取り外されました。

 特急シンボルマークは、151系を皮切りに161系や181系、481系など、それ以降に製造された特急形車両で広く採用されました。

 このうち、1967(昭和42)年に登場した581系電車は前面が貫通式とされたため、左右に分かれる外扉に合わせて、特急シンボルマークも2分割。この構造は、同じく貫通式とされた一部の485系などにも採用されました。また、貫通式で外扉がないキハ82系やキハ181系は、扉の幅に収まるよう少し小ぶりのサイズとなるなど、いくつかのバリエーションが見られます。とはいえ、基本デザインは変わらず、今日まで受け継がれてきました。

【写真】電車もディーゼルカーも! 平面版も分割版も!「特急シンボルマーク」図鑑

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コメント

3件のコメント

  1. 新型車両にもこのシンボルマークを採用すればいいのに。。。

  2. 151,161,181 を別々の形式のように書いているが…
    東海道系統用だった 151系に上越特急 とき 運用対策として
    +耐寒耐雪装備 +勾配対策の制御装置改良 をしたものが 161系、後に 151系にも同様改造が行われ両形式を分ける意味が無くなり 181系に改称統合、後に 181系としての新製車も登場… で、151,161,181 の元祖特急車3形式は別形式と考えるよりは 一体の物なのだが……

    以上は事実関係…
    以下は主観……

    流線型で優雅な EF66 ……………………

    EF58 ならともかく、ステンレスの飾り板の印象も含めて ダンプ なんていうアダ名もつけられた EF66 …
    限界いっぱいのゴツくデカい車体とも併せ…
    優雅とはほど遠いなあ……

  3. もうひとつ…

    185系は 踊り子 とともに急行や各停にも使用の計画で云々…

    これは違うだろう……

    元々は 153,165系の老朽化していた急行型車両の置き換えで計画
    そのためか 台車は標準のDT32/TR69系、モーターはMT54と 急行型165、特急型183と同様だが 歯数比は 165同等の急行型の数値にされ、最高速度も特急型の 120km/h ではなく 110km/h
    車体も窓が開閉可能で急行や各停寄り
    揺れ軽減のために特急型にはあったダンパーは省略 等々…
    特急 急行 各停 3種別での使用を目指したのではなく、スタートはあくまでも 急行/各停 での使用を目指したもの

    その準備から登場までの間に 末期的だった国鉄が急行の廃止 という方針を打ち出して料金の事実上の値上げに走ったため 特急/各停 という半端すぎる仕上がりになったのが 185系

    特急あまぎ 急行伊豆·東海 各停 に同時期に使うつもりなどではなかったはず

    そして投入初期は 急行伊豆 に使われ、165との併結などもあったが、その時には あまぎは 183のままで 185の出番無し

    数が揃って あまぎ・伊豆 → 踊り子 に一本化が実現してからが やっと特急に使われ始めた のが 185系

    件の特急マークが小振りなのも、元々は付けるはずではなかったから隙間に付けるため… とか?……

    JR東日本では最後の国鉄生まれ特急車が定期運用からついに外れる… というので 185ネタが各所で増えているが……

    なんか違うよな… という記事が多々で……