絶滅寸前「特急シンボルマーク」 60年続く「栄光の逆三角形」現在見られる列車は?

機関車や私鉄特急にも波及?した「特急シンボルマーク」

 また、この特急シンボルマークを模したといわれているのが、EF66形電気機関車のナンバープレート部分です。それまで一般的だった箱形の車体ではなく、流線形の優雅なデザインで登場したEF66形は、ナンバープレートも車体に直接取り付けるのではなく、流線形に合わせた形の土台と組み合わされました。この土台部分が、特急シンボルマークと同じく、逆三角形のデザインになっているのです。EF66形は、貨物列車の高速化を図るために開発されており、デザイン面でも「貨物の特急列車」を表現したかったのかもしれません。

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貨物列車の先頭に立つEF66形電気機関車。前面中央のナンバープレート部分が逆三角形でデザインされている(1990年、伊藤真悟撮影)。

 そして、国鉄の特急シンボルマークは他の私鉄各社にも影響を与えています。1960(昭和35)年に登場した東武鉄道の1720系電車「デラックスロマンスカー」や、その翌年にデビューした名古屋鉄道(名鉄)の7000系電車は、いずれも前面にシンボルマークを掲出。両社はそれぞれ国鉄と激しい競争を繰り広げており、スピードや車内設備に加えて、こうしたマークなどにも対抗意識を燃やしたのかもしれません。

 特急形車両として製造された185系も、もちろん特急シンボルマークを付けています。185系は、特急「踊り子」としてだけでなく東海道本線の急行列車や普通列車でも使われる予定だったことから、開閉式の窓や転換クロスシートを採用するなど、その他の特急形車両に比べると見劣りするものでした。そんな185系にとって、特急シンボルマークはまさに「特急用車両である証」だと言えるでしょう。

【写真】電車もディーゼルカーも! 平面版も分割版も!「特急シンボルマーク」図鑑

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コメント

3件のコメント

  1. 新型車両にもこのシンボルマークを採用すればいいのに。。。

  2. 151,161,181 を別々の形式のように書いているが…
    東海道系統用だった 151系に上越特急 とき 運用対策として
    +耐寒耐雪装備 +勾配対策の制御装置改良 をしたものが 161系、後に 151系にも同様改造が行われ両形式を分ける意味が無くなり 181系に改称統合、後に 181系としての新製車も登場… で、151,161,181 の元祖特急車3形式は別形式と考えるよりは 一体の物なのだが……

    以上は事実関係…
    以下は主観……

    流線型で優雅な EF66 ……………………

    EF58 ならともかく、ステンレスの飾り板の印象も含めて ダンプ なんていうアダ名もつけられた EF66 …
    限界いっぱいのゴツくデカい車体とも併せ…
    優雅とはほど遠いなあ……

  3. もうひとつ…

    185系は 踊り子 とともに急行や各停にも使用の計画で云々…

    これは違うだろう……

    元々は 153,165系の老朽化していた急行型車両の置き換えで計画
    そのためか 台車は標準のDT32/TR69系、モーターはMT54と 急行型165、特急型183と同様だが 歯数比は 165同等の急行型の数値にされ、最高速度も特急型の 120km/h ではなく 110km/h
    車体も窓が開閉可能で急行や各停寄り
    揺れ軽減のために特急型にはあったダンパーは省略 等々…
    特急 急行 各停 3種別での使用を目指したのではなく、スタートはあくまでも 急行/各停 での使用を目指したもの

    その準備から登場までの間に 末期的だった国鉄が急行の廃止 という方針を打ち出して料金の事実上の値上げに走ったため 特急/各停 という半端すぎる仕上がりになったのが 185系

    特急あまぎ 急行伊豆·東海 各停 に同時期に使うつもりなどではなかったはず

    そして投入初期は 急行伊豆 に使われ、165との併結などもあったが、その時には あまぎは 183のままで 185の出番無し

    数が揃って あまぎ・伊豆 → 踊り子 に一本化が実現してからが やっと特急に使われ始めた のが 185系

    件の特急マークが小振りなのも、元々は付けるはずではなかったから隙間に付けるため… とか?……

    JR東日本では最後の国鉄生まれ特急車が定期運用からついに外れる… というので 185ネタが各所で増えているが……

    なんか違うよな… という記事が多々で……