日本航空史「陰の立役者」日野熊蔵って誰? “日本初”になりきれなかったパイロットとは

日本初の飛行機の公式飛行から110年が経ちましたが、ここで「グラーデ式飛行機」のパイロットを担当したのが、日野熊蔵氏です。どのような人物だったのでしょうか。斬新なアイデアマンだった同氏が飛ぶまでの航跡を追います。

グラーデ式飛行機 初飛行はどうだったの?

 ちなみに、日野熊蔵氏が飛行機製作に傾倒するようになった詳しい経緯については、不明なところが多々あります。とはいえ、東京市牛込区(現在の新宿区)で自動車用のエンジンを使用した飛行機を製作し、1910(明治43)年2月に飛行実験を実施しています。結果、浮かび上がることはなかったとのこと。なお、飛行機を製作した工場の跡地は、「国産飛行機の発祥地」として新宿区指定史跡になっています。

 一方、臨時軍用気球研究会は飛行機の公式初飛行を1910年12月14日、15日に設定。横浜まで船で到着していた機体を、会場の代々木練兵場(東京都渋谷区、現在の代々木公園)に持ち込んで組み立てるのですが、徳川氏が操縦したファルマン式二層型飛行機は、その組み立てについて艱難辛苦のエピソードが伝わっているのに対し、日野氏が操縦したグラーデ式飛行機に関する飛行準備における苦労談はあまりなく、比較的スムーズに行ったのではないかと考えられます。

 その理由としては、ファルマン式二層型飛行機とグラーデ式飛行機を比較した場合、幅や高さの機体寸法、翼間支柱やワイヤーの本数、主翼の構造、エンジンなど、様々な点においてグラーデの方が単純な構造だったからといえるでしょう。

 成田空港に隣接する航空科学博物館(千葉県芝山町)では、以前ファルマン式二層型飛行機の初飛行時の精密なレプリカと、グラーデ式飛行機の80%モデルを展示していました。実は、ファルマン式は主翼を組み立てるのに専門家が10人程度で支柱を押さえる必要がありましたが、グラーデ式は3人いればどうにか組み立てられました。イメージとしては、軽飛行機と超軽量動力機(マイクロライト)という雰囲気の違いがあります。よって飛行試験にあたり、早々と日野熊蔵氏が滑走試験を開始したという当時の記載も頷けます。ちなみに、見物人にしても、マスコミにしても機体が滑走するだけで大騒ぎだったとか。

日野熊蔵氏が操縦したグラーデ式飛行機

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