「孤独の女王」独戦艦「ティルピッツ」は役に立ったのか? 欧州北方鉄壁の引きこもり

「ビスマルク」沈む! 「ティルピッツ」は…引きこもる!

「ビスマルク」のロスショックからヒトラーは、大型艦の大西洋への出動を禁止します。「北の孤独の女王」とは、「ティルピッツ」がノルウェーの狭隘なフィヨルドに引きこもったことを揶揄したものでした。海軍が艦を保全しようとするのは本能的な行動パターンで、戦局が不利になると根拠地に引きこもって出てこなくなる例はよく見られます。とはいえこれは、一概に無駄な遊兵化ともいい切れません。

「ティルピッツ」はこうして、ソ連に向かう連合軍輸送船団を攻撃し、イギリス海軍を引き付け、連合軍のノルウェー侵攻を抑止することが任務とされます。

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ノルウェー北部のアルタフィヨルドで1943年から1944年のあいだに撮影された「ティルピッツ」。迷彩塗装が施され魚雷防護ネットが貼られている(画像:アメリカ海軍)。

 この引きこもり行動は、イギリスのチャーチル首相をいら立たせます。基準排水量4万2900トン、38cm(48.5口径)連装砲塔4基を主武装とする「女王」は、引きこもっていたとしても脅威であることには変わりありません。実際に輸送船団へちょっかいを出したり、連合軍基地を艦砲射撃したりしたので、放置しておくわけにもいきませんでした。

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「ティルピッツ」から撮影された独艦隊。中央に重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」、その後方3隻目が重巡洋艦「アドミラル・シェーア」(画像:アメリカ海軍)。

「ティルピッツ」は、戦局が悪化してくると燃料不足もあって訓練さえままならず、ノルウェー最北に位置する旧フィンマルク県(現トロムス・オ・フィンマルク県)のアルタ郊外にあるコーフィヨルドに腰を落ち着けるようになります。

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フィヨルド内にて植生でカモフラージュされた「ティルピッツ」(画像:アメリカ海軍)。

 周辺から植生を移植して偽装し、沿岸には対空陣地を配置し、戦闘飛行隊の飛行場が作られ、煙幕発生器も設置されます。対魚雷網を二重に張り巡らし、転覆を防ぐため艦の下と周辺に大きな砂場も建設されるなど、まさに鉄壁の引きこもり体制でした。

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「ティルピッツ」後甲板上で開催されたダンサーを招いての慰問コンサート。38cm主砲もカモフラージュの架台になっている(画像:アメリカ海軍)。

 乗員定数は2600名のところ、1600名まで減らされていましたが、生活は点検と掃除、たまに訓練、もっとたまに対空、対潜戦闘と非常に単調だったとされ、戦争中の戦艦とは思えないリラックスした写真も残されています。日本海軍には「ヤマトホテル」「武蔵屋旅館」がありましたが、「ホテル・ティルピッツ」と呼ばれていたかはわかりません。そのころドイツ海軍のUボートは、大西洋で通商破壊戦の死闘を繰り広げていました。

【写真】日本でも報じられた「ティルピッツ」進水式

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