東急玉川線・砧線が廃止された日 地下新線建設に伴い -1969.5.11

53年前の5月11日、東急の軌道路線である玉川線と砧線が廃止されました。

田園都市線の前身の路面電車

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電車とバスの博物館に保存されているデハ200形電車。かつての「東急玉川線」の車両(恵 知仁撮影)。

 今から53年前の1969(昭和44)年の5月11日。渋谷~二子玉川園を路面電車で結んでいた「東急玉川線」と、二子玉川~砧本村(きぬたほんむら)を結んでいた「東急砧線」が、それぞれ廃止されました。前日が運行最終日でした。

 東急玉川線は1927(昭和2)年、世田谷区や川崎市中部の都心アクセス路線として、溝ノ口~渋谷間が全通。「玉電」として人々に親しまれました。渋谷直結の大動脈でしたが、現在の世田谷線のような路面電車の規格であったことから、交通容量は次第にひっ迫。戦後に渋谷~二子玉川園に高速新線を建設する構想が持ち上がりました。

 ほぼ全線地下となる新線は、首都高と同時進行で行われることに。新線と同じルートである玉川線は、工事に合わせて線路を移設していく案も出されましたが、結局、新線の開業まで、代行バス輸送を行うこととなり、地上線については廃止が決定しました。

 東急砧線は二子玉川園(現在の二子玉川)から西に進路をとり、現在の駒澤大学玉川キャンパス付近まで、多摩川沿いに走っていた路線です。中耕地、吉沢、砧本村の3駅があり、延長約2.2kmでした。

もともとは多摩川の砂利輸送が目的でしたが、砂利採取は斜陽化。モータリゼーションの進行にともない、交通渋滞の原因として煙たがられる存在になってしまいました。そのため、玉川線と同時に廃止が決定。代替交通として、東急バス「玉06」系統が現在も砧本村までを結んでいます。

 両路線の廃止から約8年後の1977(昭和52)年4月に「新玉川線」が開業。2000(平成12)年に「田園都市線」に名称統合し、現在に至ります。

【了】

【東急玉川線・砧線の路線図、廃線跡、当時の風景】

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