幻の法執行機関「琉球海上保安庁」とは 本土復帰前の沖縄で存続わずか8か月

日本復帰前の沖縄は本土とは異なる体制であり、それは公安組織も同様でした。そうしたなか、復帰直前のわずかな期間に存在した法執行機関が、琉球海上保安庁です。本土復帰までの8か月間だけ存在した幻の組織は、なにをしていたのでしょうか。

本土復帰を見据えた業務のスムーズな移行が目的

 しかし、アメリカ軍統治下の沖縄では、灯台などを設置・管理する航路標識業務については琉球警察の所管ではなく、琉球政府の工務交通局(のち通商産業局)が担当していました。水路業務に関しては琉球政府内に担当部署がなかったことから、日本政府の海上保安庁が航空磁気測量を行うことでカバーしていました。

 また、アメリカ政府の管理下にあった一部の航路標識についてはアメリカ沿岸警備隊が担当しており、そのため那覇軍港には同沿岸警備隊が常駐していたそうです。

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1972年5月、復帰直前の琉球政府行政府ビル(画像:沖縄県公文書館)。

 本土の海上保安庁が、警備救難業務だけでなく、航路標識業務や水路測量業務、そして海洋情報の収集管理と提供まで一手に担っていたのと比べると、あまりにも差があったことから、1969(昭和44)年11月の日米共同声明によって1972(昭和47)年に沖縄の本土復帰が決まると、復帰後の事務移管をスムーズに行うための組織が要求されるようになりました。

 その結果、本土の海上保安庁と同じような業務を担うための専門機関として新設されたのが「琉球海上保安庁」でした。

 1970(昭和45)年10月には、琉球海上保安庁設立のために、本土の海上保安庁職員2名が沖縄に派遣されています。そして、翌1971(昭和46)年9月に琉球海上保安庁が発足すると、海上保安庁職員は海上保安指導官として、琉球海上保安庁職員46名とともに第十一管区を開設するための準備を始めます。

 他方で、水路測量業務は前出のように琉球政府内に担当部署がなく実施したことがなかったため、1972(昭和47)年1月に海上保安庁水路部より職員1名が派遣され、琉球海上保安庁の協力のもと、調査と水路業務の普及活動をスタートさせました。

【レア写真】琉球海上保安庁が使った巡視船&現代の沖縄配備巡視船ほか

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