「沖縄ですか…」から50年 元陸自トップが見た返還直後の沖縄 反自衛隊感情が渦巻く時代

沖縄が本土に復帰してから50年が経ちました。いまから半世紀前の沖縄はどのような状況だったのか、自衛隊に対する風当たりはどれほどだったのか、沖縄駐屯部隊を原隊とする元陸上幕僚長に話を聞きました。

自衛官人生の原点となった沖縄

――火箱さんは復帰間もない沖縄に、幹部候補生学校の卒業直後に赴任したそうですが、当時の苦労話などをお聞かせください。

 私が陸上自衛隊幹部候補生学校(福岡県久留米市)を卒業し初めて所属した部隊、すなわち「原隊」が第1混成群第302普通科中隊(当時)です。この第302普通科中隊に、私は1974(昭和49)年9月から1977(昭和52)年8月まで約3年間、所属していました。

 この間に印象に残ったことの1つは、デモ隊3万人(主催者発表)が何度となく那覇駐屯地に抗議に訪れ、これに中隊の警備要員として参加したことです。

 全員ヘルメット、手甲、脛当てを装着、警棒を持ち、営門近くの隊舎の陰に隠れて、駐屯地に侵入する暴徒に対応するのです。主催者発表では3万人とのこと。もしこの3万人が駐屯地に乱入し武器を強奪するようになったら、とんでもないことになる。当時の那覇駐屯地の隊員は1000名に満たない程度だったと思いますが、3万人が一度に駐屯地に乱入したら、一人30人を相手に戦わなければならないと真剣に思って警備に参加しました。

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陸上幕僚長時代の火箱芳文氏(本人所蔵)。

 また、これは公務ではありませんが、夜間における官舎地域の夜回りも行いました。それくらい当時の沖縄は反自衛隊運動が大きく、頻繁に抗議デモが起きるだけでなく、自衛隊員の車両などの盗難事案まで起きていました。

 そのため、俺たちは沖縄のためと思って赴任しているのに、何でこんな仕打ちを受けるのかと、正直思ったのを覚えています。

 2つ目は、沖縄では反自衛隊感情があり、地元に対し余計な刺激を与えないよう、駐屯地の外では完全武装をした訓練を自粛していた点です。背嚢を背負い、小銃を携行する行進訓練は、本土では申請すれば自由に行えたのに対し、沖縄では実施できなかったため、代わりに駐屯地の中を何十周も歩いて行進能力を維持向上しようとしていました。

 これでは当然飽きが来ます。士気も上がりません。幹部候補生学校では久留米周辺の道路を使用して行進訓練ののち演習場に入り、実戦的な訓練を行っていましたが、沖縄ではそれが許されませんでした。

【写真】沖縄に移駐する陸自部隊&1970年頃の沖縄の風景

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