「沖縄ですか…」から50年 元陸自トップが見た返還直後の沖縄 反自衛隊感情が渦巻く時代

沖縄が本土に復帰してから50年が経ちました。いまから半世紀前の沖縄はどのような状況だったのか、自衛隊に対する風当たりはどれほどだったのか、沖縄駐屯部隊を原隊とする元陸上幕僚長に話を聞きました。

当時の陸自トップに直訴

 沖縄にはアメリカ軍の演習場こそあるものの、共同使用ができず年4回ほど九州の演習場に海を渡って行き、そこで実戦的な訓練や演習などを実施していました。この点については、いまでこそ当時の自衛隊が沖縄の県民やアメリカ軍に対して配慮をしていたことが理解できるようになりましたが、沖縄赴任当時はまだ若かったせいか納得がいきませんでした。

 自分は沖縄を守るため赴任してきたのに、なぜ沖縄県内で訓練せず、隠れるようにして九州などで演習しているのだ。作戦、戦闘では地域の気象、地形の把握がまず第一と幹部候補生学校で教わったばかりではないかと。

 ちなみに、これに関して当時の栗栖陸上幕僚長が来沖された際、懇談の席で大胆不敵にも「沖縄で訓練できるようにして下さい」と直訴したことは苦い思い出です。

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若かりし頃の火箱芳文氏(青帽の方)。写真はレンジャー訓練時の教官時代のもの(本人所蔵)。

 3つ目は、沖縄部隊には特別にOD色(濃緑色)の防暑衣服などが支給されてはいましたが、ゆえに冬季の九州で演習する際は実に困りました。沖縄部隊は寒冷地用装備を有しておらず、都城駐屯地(宮崎県)や国分駐屯地(鹿児島県)の部隊に寝袋や防寒の装備などを借りて演習したほどです。

 また、部隊装備は借りられた一方、隊員個人の衣服・装備は自前で準備しなくてはならず、隊員はよくアメリカ軍の払い下げ店に、高性能な防寒シャツや防寒手袋、面覆いなどを買い出しに行って寒さ対策をしていました。私も同様で、演習の度に1万円(当時)くらいポケットマネーが飛んでいくんです。演習するのに個人の小遣いを使う、笑えないような話が当時はいっぱいありました。

 また大型トラックを運転するのに必須の、大型自動車1種免許を取得するにも、当時は沖縄に自衛隊の教習所がなかったため、取得する場合は本土の駐屯地にある公安委員会指定の自衛隊教習所に行くしかありませんでした。私は北熊本駐屯地(熊本市)の自動車教習所で第8師団に赴任した同期たちと一緒に入校し、大型自動車免許を取得しました。

 免許取得にも、わざわざ熊本まで行き約1か月間滞在しなければならなかったものの、これは同期と久しぶりに切磋琢磨できたため、案外楽しかった思い出です。

 沖縄の第1混成群に所属していながら、部隊にはほとんど貢献できず、逆に熊本の自動車学校を始め幹部初級課程(BOC)や、空挺基本降下課程、富士幹部レンジャー課程などを履修させて頂き、初級幹部としての基礎を身につけることができたのは、当時の部隊や上司のお陰であり、感謝しています。

【写真】沖縄に移駐する陸自部隊&1970年頃の沖縄の風景

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