「出世列車」の異名も 往年の急行「津軽」といえば客車?電車?変わったワケ

「ひらがなつがる」はいつから?

 長らく機関車が牽引していた「津軽」ですが、1990(平成2)年9月のダイヤ改正で電車に交代します。同じ頃、奥羽本線では福島~山形間で山形新幹線の工事が始まったため、「津軽」は工事区間を避けたルートで運転されました。仙台を経由し、仙山線を深夜に走行して山形を経由しましたが、このルートでは山形で列車の向きが逆になってしまうため、機関車の付け替えが不要な電車に移行したといえるでしょう。

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秋田~青森間を、奥羽本線経由で結ぶ特急「つがる」(柴田東吾撮影)。

 車両は当初、寝台電車の583系が使用されましたが、グリーン車が連結された一方で寝台は使用されず、すべて座席車として運転されました。1992(平成4)年から1年ほど、特急形の485系電車に交代したことがありましたが、再び583系に戻っています。

 先述の通り「津軽」は1993年12月のダイヤ改正で定期運行を終了。以後は繁忙期の臨時列車として運行され、寝台車の設定もありました。しかし、1998(平成10)年に臨時列車としても運行を終了しています。

 ひらがな表記の「つがる」は、2002(平成14)年12月に東北新幹線が八戸まで開業した際、東北新幹線と接続して八戸~青森・弘前間を走る特急として運転を開始しました。2010(平成22)年12月に東北新幹線が新青森まで延伸すると、「つがる」はいったん廃止され、今度は秋田~青森間の特急として名前を継承し、現在に至ります。特急「つがる」には2022年現在、E751系という電車が使用されています。

【了】

【レア写真】約1年で見納めとなった、電車特急485系の「津軽」

Writer: 柴田東吾(鉄道趣味ライター)

1974年東京都生まれ。大学の電気工学科を卒業後、信号機器メーカー、鉄道会社勤務等を経て、現在フリー。JR線の2度目の「乗りつぶし」に挑戦するも、九州南部を残して頓挫、飛行機の趣味は某ハイジャック事件からコクピットへの入室ができなくなり、挫折。現在は車両研究が主力で、技術・形態・運用・保守・転配・履歴等の研究を行う。鉄道雑誌への寄稿多数。資格は大型二種免許を取るも、一度もバスで路上を走った経験なし。

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コメント

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1件のコメント

  1. この夜行列車は、二人とも故人となってしまいましたが、かっての横綱・隆の里と二代目若乃花(旧・若三杉)が、初代若乃花が二子山親方となって、スカウトし、二人がこの夜行列車に乗って、上野までやってきたというエピソードがあったように思うのですが、、、