木次線が全通した日 Wスイッチバックで地方路線が「広島直結」果たす -1937.12.12

85年前の1937年12月12日、広島県と島根県をむすぶ木次線が全通を迎えました。

もともとは木次の交通のための路線だった

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木次線で使用されるキハ120系気動車(画像:写真AC)。

 今から85年前の1937(昭和12)年12月12日、広島県の備後落合駅と島根県の宍道駅をむすぶ木次線が全通を迎えました。

 山間部を越えていくローカル線で、広島県側は接続する芸備線も1日2、3往復のみの超閑散地帯。三井野原~出雲坂根間は直線距離1.2kmで標高差が約160mもあり、断崖絶壁のような高低差を一気に稼ぐため、2連続スイッチバックが行われます。ちなみに並行する国道314号は2周ループ「奥出雲おろちループ」で高低差を克服しています。

 出雲坂根を出たあとも列車はジェットコースターのように長い急勾配を延々と駆け下りていき、木次駅でようやく平地らしい平地へ出ます。山陰本線と接続する宍道駅へは「ちょっとお邪魔しますよ」といった雰囲気で、ホームの途中の分岐器で駅構内へ入っていきます。駅のすぐ目の前には宍道湖が広がります。

 さて、もともと木次線はその名のとおり、由緒ある内陸市街・木次までをむすぶ地方路線として「簸上鉄道」により建設されたものでした。免許が下りて2年後の1916(大正5)年に開業を果たしています。

 昭和に入ると国策として松江・出雲市と広島方面をむすぶ新たな「陰陽連絡線」として計画され、芸備線に接続するべく南へ延伸されることとなります。長さ2241mの「下久野トンネル」や出雲坂根のスイッチバックをはじめ複数の難所を乗り越え、10年の工事を経て全通となりました。

 広島への旅客輸送のため、1950年代初頭に「ちどり」が運転開始。鳥取から広島まで約7時間の道のりでした。木次線は全盛期を迎えます。しかし1983(昭和58)年に中国自動車道・広島自動車道の庄原~広島北がつながると、移動手段は高速バスへ一気に流れるようになり、1990(平成2)年に「ちどり」は木次線から撤退します。

 現在はかつての地域輸送に戻った木次線。いっぽうで観光路線としても注目がすすみ、1998(平成10)年に「奥出雲おろち号」が運行開始します。人気を博し「木次線を救った」ともいわれるこのトロッコ列車も、車両の老朽化により、2023年に運行終了の予定です。

【了】 

【昭和と現在の木次線の風景】

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