片扉の狭幅車体にゴツいブレーキ… 京王井の頭線3000系“追憶の初期型”はいま、北陸で最後のとき

北陸鉄道8000系第1編成が、京王井の頭線時代の塗装で運行されています。特徴は昭和時代の通勤電車で見られた片扉。この車両が北鉄へ渡る前の最後の冬、井の頭線利用者だった筆者は通学前に、フィルムカメラ片手に追いかけました。

製造時期による差 編成美が崩れる!?

 3000系の製造は1984(昭和59)年までと23年間の長きに渡り、狭幅車の第1、2編成だけでなく広幅車でも、製造時期によって若干の差異がありました。外見を例にとれば、第3~9編成はドアがHゴム支持であったり、第20~29編成は側面のコルゲート(波板)位置が若干下がっていたり。後年に側面がレインボーカラーの帯で巻かれたとき、第20編成以降は側窓とコルゲートの間に帯が巻かれ、一見して区別がつきました。

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第1、2編成の先頭車は最後までパイオニアPIII-703形台車を履いていた。外側ディスクが車輪の外側を覆う独特の形状であった。富士見ヶ丘検車区にて許可を得て撮影(1995年12月16日、吉永陽一撮影)。

 また屋根上の冷房装置にも差異がありました。第14、15編成は1969(昭和44)年の新製時より冷房装置が取り付けられ、1両につき分散型冷房機を6基連ねた冷房試作車としてデビュー。新製時は非冷房であった第1~13編成も、1970(昭和45)年より冷房化工事が実施され、先頭車は集約分散型冷房機を4基、中間車は集中型冷房機を1基搭載し、第16~17編成も新製時から同様の組み合わせとなりました。第18編成以降は全車が集中型冷房装置となります。

 さらに編成数にも変化がありました。第1~15編成までは4両編成で登場していましたが、1971(昭和46)年の井の頭線5両編成化によって中間車デハ3100形を新製して増結。デハ3100形は広幅車の両開きドアで、ドア部分は金属支持のため、第3~9編成においてはHゴムドアが連なるなかに1両だけが異なる格好となりました。片扉の第1、2編成に至っては、デハ3100形の車体幅が広いために側面が膨らみ、なおかつ両扉であったために編成美が崩れました。

 ほかにはパンタグラフや台車にも違いが見られ、鉄道ファン目線では、一見同じフォルムをした形式の差異を観察するのも楽しみのひとつでした。例えば台車については、最後まで古いタイプを使用していたのは第1、2編成の先頭車です。外側ディスクブレーキのためにディスク面がギラっと光っていたのをよく覚えています。ただし北陸鉄道に譲渡された際に履き替えられたため、現在では見ることができません。

【写真】真新しい1000系と並ぶ初期型3000系

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