現存唯一!? 激レア「2シーター零戦」ついに再公開 正式ではない “現地改造型” 一体どう誕生したのか

先日、茨城県にオープンした乗りもののテーマパーク「ユメノバ」。ここには国立科学博物館が所蔵する航空機をまとめて展示した博物館もあります。そのうちの1機は、かつて上野の科博本館で展示された零戦、しかも激レアな複座型でした。

最前線で誕生した激レア零戦

 一般的に「ゼロ戦」などの通称で知られる零戦は、三菱重工業で開発され、1939(昭和14)年4月に初飛行を行うと、以後、日中戦争や太平洋戦争において旧日本海軍の主力戦闘機として多用されました。

 軽快でバランスの取れた飛行性能や、当時としては比較的長大な航続距離、そして旧海軍の戦闘機として初めて20mm機関砲を搭載するなど攻撃力についても充実していたことから、真珠湾攻撃からしばらくの間はアメリカやイギリスなどの連合軍機を相手に空中戦で優位性を保ちました。

 また、終戦までの5年間に一一型や二一型、三二型、二二型、五二型、六二型などと発展を続けたことや、中島飛行機(現SUBARU)でもライセンス生産されたことなどにより、最終的には1万機を上回る生産数に達しています。

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1942(昭和17)年10月26日にサンタ・クルーズ諸島沖で行われた南太平洋海戦において、空母から発艦する零戦二一型(吉川和篤所蔵)。

 今回、「ユメノバ」の「科博廣澤航空博物館」で公開が始まった零戦は、日米開戦初期に主力であった栄一二型エンジン(940馬力)を搭載する、二一型と呼ばれるタイプです。空母で運用可能な、いわゆる艦上戦闘機として開発されたため、限りある艦内スペースを効率的に使えるよう、主翼両端を上に50cm折畳めるようになっているのが特徴です。

 とはいえ、前述したように「ユメノバ」の機体は通常の二一型とは違い、他では見られない複座式。どういった経緯で生まれ、日本に来たのでしょうか。

 そもそも、この機体は、日本から遠く離れた南太平洋から里帰りしたものです。太平洋戦争中にオーストラリア近くの南太平洋に進出した日本海軍は、ニューギニア島の東側に位置するビスマルク諸島のニューブリテン島ラバウルに、この地域の拠点となる比較的大規模な基地を設けました。

 これに伴い、南太平洋諸島の確保やトラック諸島の防衛、機動艦隊の支援などの目的で航空部隊も配備されます。さらに航空機を整備・修理するための規模の大きな工廠もラバウルに造られました。

 その後、戦局が悪化すると日本本土から整備資材などが届かなくなります。しかし、前出の工廠が設置されていたことで、そこの工員たちが創意工夫で部品を自前で作り出すなどしてラバウルでは整備・修復が続いたのです。

 そうした場所だったため、改造などもある程度はできたようで、この零戦二一型も、そのような経緯で中古機や余剰部品を基にして複座の偵察機として生み出されたものの1機だったようです。なお、この様な正式ではない現地改造機は、他にも複数存在したといわれています。

【こりゃ激レア写真だ!】修復作業時に撮った「科博零戦」の胴体内部&コックピット画像です

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