戦後最悪の台風! 初の自衛隊と米軍による共同作戦 その経験が「トモダチ作戦」を生んだ?

太平洋戦争後の自然災害として、東日本大震災や阪神淡路大震災に次ぐ犠牲者数を出した伊勢湾台風。当時はまだ警察や消防などにヘリがなかったため、自衛隊と米軍が頼りでした。戦後屈指の救助活動について振り返ります。

自衛隊の指揮下に米軍部隊を編入

 愛知県知事は上陸初日の9月26日に、陸上自衛隊第10混成団(現:第10師団)に対して、災害派遣を要請しています。

 実は台風が到来する前から愛知県庁に連絡員を派遣していた第10混成団。今も続く自治体への連絡員の派遣は、この頃からすでに行われていたのです。

 しかし、当時約4500名いた第10混成団の隊員だけでは到底対応できない規模で被害が出始めていたため、第10混成団は被災地全域に部隊を派遣することができません。

 加えて当時は、担当管区(現:方面隊)内での出来事は、当事者となる部隊で対処するという暗黙の方針が陸上自衛隊内にあったことや、予算の問題などもあり、全国の部隊に応援を求めることを当初しなかったのです。

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高波と台風で冠水した当時の三重県内の様子(画像:三重県)。

 こうした状況を打開し、一刻も早く被災者を救助するため、団本部のある守山駐屯地に設けられたのが「自衛隊中部地区災害対策本部」でした。

 この対策本部と当時の防衛庁長官などによる指示によって、自衛隊史上初となる陸海空統合の災害派遣が行われます。その動員数は最大時で100個部隊、約1万2千名が活動に従事しています。

 また、これと同時に行われたのが、在日米軍による協同救助活動です。たとえるなら東日本大震災時の「トモダチ作戦」の元祖ともいえる救助活動でした。

 発端は、愛知県知事が名古屋駐在の米国総領事を通じて、当時小牧基地に配置されていたアメリカ軍部隊に救助部隊を送るように要請したのがきっかけです。

 ただ、アメリカ軍は日本側との意思疎通が難しいと判断。そこで当時、小牧基地に所在していた航空自衛隊第3航空団の副司令官に、米軍側の指揮を執らせることを決めました。当時としては、異例中の異例といえるでしょう。なぜなら、前述したように、自衛隊は発足からまだ4年ほどと日が浅く、明らかにアメリカ軍と比べても経験、人員数ともに充実しているとは言い難い状況だったからです。

 それでも、在日米軍は航空自衛隊の指揮下に入ることを厭いませんでした。こうして、日米共同での一大オペレーションが開始されます。

【人体への影響は?】愛知県上空を殺虫剤撒きながら飛ぶ航空自衛隊ヘリ(写真)

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