夜行新幹線、ギネス 山陽新幹線40周年の歴史
2015年3月10日で全線開業40周年を迎えた山陽新幹線。開業当日の様子、大きく短縮された所要時間、ギネスへの掲載など、その歴史を振り返ります。
40年前に行われた出発式、その風景
2015年3月10日(火)、山陽新幹線は全線開業から40周年を迎えました。東海道新幹線と直通運転を行っているため、それと同じような路線だと思われることが多いかもしれませんが、実は結構、違う点があります。どのような路線なのか、また全通した当時はどういった状況だったのか、40周年を機会にまとめました。
●「山陽新幹線」の基本
山陽新幹線は新大阪~博多間を結ぶJR西日本の路線で、全長は553.7km(実際の距離)。19駅あり、起点の新大阪から順に新神戸、西明石、姫路、相生、岡山、新倉敷、福山、新尾道、三原、東広島、広島、新岩国、徳山、新山口、厚狭、新下関、小倉、そして終点の博多です。新大阪駅で接続する東海道新幹線、また博多駅で接続する九州新幹線と直通運転を実施しています。
●岡山開業時に誕生した日本一のトンネル
昭和30年代、在来線の山陽本線では1963(昭和38)年度の旅客輸送量が1956(昭和31)年度と比較して1.7倍になるなど需要が大きく高まり、輸送力増強の抜本的対策が必要でした。そこで誕生したのが山陽新幹線です。まず新大阪~岡山間から建設することになり、1967(昭和42)年3月16日に兵庫県赤穂市で着工されます。
全長16250mと当時としては日本最長の鉄道トンネルで、一番の難工事といわれた六甲トンネル(兵庫県)も1970(昭和45)年10月2日に貫通。そして1972(昭和47)年3月15日、山陽新幹線が新大阪~岡山間で開業します。
●テープカットは東海道新幹線と誕生日が同じ少年
山陽新幹線の岡山~博多間は1970年2月10日、岡山開業前から福岡県北九州市内などで着工されました。この区間の建設では地価や賃金の急上昇、石油ショックとそれに伴う資材不足などに悩まされることになりましたが、1975(昭和50)年3月10日、岡山~博多間が開業。山陽新幹線が全通し、東京~博多間1069.1km(実際の距離)が新幹線で結ばれます。
この当日、博多駅では一番列車の6時6分発、東京行き「ひかり」100号で出発式が行われ、亀井福岡県知事から長野岡山県知事にあてた祝賀メッセージが車掌長に託されました。
東京駅でも6時ちょうど発の博多行き「ひかり」21号で出発式が行われ、東海道新幹線開業日の1964(昭和39)年10月1日に生まれた小学4年生の少年がテープカットをしています。
ちなみに、山陽新幹線岡山開業時のキャッチコピーは「ひかりは西へ」、博多開業時は「ひかりライン」でした。
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