「デカい! 高い!!」現存唯一「日本戦艦の砲塔」を実見 このたび現存が確認された部品も

広島県江田島市の海上自衛隊第1術科学校には、戦前に戦艦「陸奥」から降ろされた砲塔と主砲が今も教育用として残されています。2年前の取材では砲塔上部から内側へ入りましたが、今回は基部に入って底から上がる形で見学しました。

江田島に残るシンボルとして

 しかし教材用とはいえ、海軍兵学校の「陸奥」の砲塔は実射可能だったため、沿岸砲として使用されることを恐れたアメリカ軍によって1945(昭和20)年8月の終戦後に爆破されてしまった結果、現在の砲塔内部は大きく破壊された状態です。

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「陸奥」砲塔の周囲には、教育用に戦中や戦後の火砲や攻撃展示の兵器が展示されていた。写真は戦後の護衛艦に搭載された旧式のMk.33 3インチ連装砲塔で、かつては訓練用に中に乗って操作が可能であった(吉川和篤撮影)。

 それでも外部は完全に破壊することはできず、海上自衛隊第1術科学校の教材および記念碑として戦後も残され、現在も江田島湾に向けてその威容を誇っているのです。

 ところで戦艦「陸奥」の本体は、どうなったのでしょうか。実は太平洋戦争半ばの1943(昭和18)年6月8日、広島湾沖の柱島付近で火薬庫の大爆発を起こして、瀬戸内海に轟沈しています。

 船体が、真っ二つになるほどの大事故にもかかわらず、その爆発の原因は不明。乗員1474名の内で救助された者はわずか353名という大変な悲劇ながら、戦争中ということもあり軍部はこの事実を公表しなかったため、日本国民は終戦まで知らないままでした。

 戦後、1970(昭和45)年までのあいだ、何度かに分けてサルベージ船による引き揚げ作業が行われた結果、40cm砲の砲身は生まれ故郷である神奈川県横須賀市のヴェルニー公園や長野県東筑摩郡の聖博物館、広島県呉市の大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)などに展示されています。それでもまだ引き揚げ切れなかった船体の一部は、現在も柱島付近の海底に眠っています。

 しかしこの江田島にある旧4番砲塔は、改装のために降ろされたとはいえ元々は戦艦「陸奥」に搭載されていた実物で、その大きさからかつての船体のスケールを想像させるのに余りある存在といえるでしょう。

 そのため、今後も江田島の海上自衛隊第1術科学校のシンボルとして、末永く残されることを願って止みません。

【激レア画像】これが戦艦「陸奥」の砲塔内部です

Writer:

1964年、香川県生まれ。イタリアやドイツ、日本の兵器や戦史研究を行い、軍事雑誌や模型雑誌で連載を行う。イラストも描き、自著の表紙や挿絵も製作。著書に「九七式中戦車写真集」や「イタリアの中戦車・重戦車写真集 」、「イタリア軍写真集」など。

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