戦闘機の「超絶機動」どこまで可能? 70年前に米軍大佐が体験「自重の46倍越え」からの生還 カラダへの影響は?
映画やアニメ、漫画などでは戦闘機パイロットが激しい機動に歯を食いしばりながら耐えるシーンがあります。そこで描かれているのは重力加速度「G」への耐性ですが、いったい人間はどれぐらいのGに耐えられるのでしょうか。
70年前に出た! 前人未到の45G越え
では、人間が9Gという加速度を実際に受けた場合、身体にはどのような反応が起こるのでしょうか。高G環境下では、血液が遠心力によって下半身へと引き寄せられ、脳への酸素供給が急速に減少します。これによりまず視覚障害が生じ、視界の周辺から灰色に染まっていく「グレイアウト」が始まります。

さらにGが持続すると、視野は中心部まで暗転し、「ブラックアウト」へと移行します。最終的には意識を喪失し、「G-LOC」すなわちGによる意識喪失に陥ります。このG-LOCこそ戦闘機の操縦における最も危険な生理的現象のひとつであり、瞬時の判断と操作が生死を分ける戦闘機パイロットにとって、致命的な結果を招くことも珍しくありません。
この限界を克服すべく、現代のパイロットは高度な訓練と専用装備をもって備えています。代表的なものが「Gスーツ」と呼ばれる加圧装備です。これは高G状態において下半身に圧力を加えることにより、血液の移動を抑制し、脳への酸素供給を維持する役割を果たします。
さらにパイロット自身が、腹部に強く力を込めつつ短く息を吐く特殊な呼吸術を習得することで、意識の保持を図ります。とはいえ、これらの対策を講じたとしても、9Gを超える世界は明らかに人体の生理的な限界ギリギリであり、長時間の持続には到底耐えられないものと言えるでしょう。
ただ、実験上ではそれを大きく上回るGに耐えた事例も存在します。1954年12月10日、アメリカ空軍の航空医学研究者であるジョン・ポール・スタップ大佐は、「ソニックウインド1号」と名付けられたロケット実験装置に搭乗し、前人未踏の46.2Gという加速度を体験しました。彼はこの試験により打撲傷を負ったものの、驚くべきことに意識を保ったまま生還し、後遺症も残さなかったといいます。
スタップ大佐の記録は、人間が瞬間的に耐えうるGの極限として今でも語り継がれていますが、空中での機動飛行中にこれほどのGを受けることは、機体構造と操縦環境の両面において現実的ではありません。
現実の戦闘機の機動は、現代工学と人体の限界のせめぎ合いの中で成立していると言えます。フィクションの世界で繰り広げられる空戦のロマンは、我々の想像力を刺激し続けますが、その背後には、重力と肉体、意識という、きわめて現実的な制約が静かに横たわっているのです。
Writer: 関 賢太郎(航空軍事評論家)
1981年生まれ。航空軍事記者、写真家。航空専門誌などにて活躍中であると同時に世界の航空事情を取材し、自身のウェブサイト「MASDF」(http://www.masdf.com/)でその成果を発表している。著書に『JASDF F-2』など10冊以上。
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