ドイツ自動車大手も認めた! 世界的「ホットハッチ」を20年ぶりに復活させた日本人

傑作コンパクトカーの「ミニ」の高性能バージョンとして誕生した「ミニ・クーパー」。じつは1970年代から80年代にかけて消滅していたのをご存じでしょうか。その名門モデルを復活させたのはひとりの日本人でした。

活躍するも1971年に生産を終了した「ミニ・クーパー」

「ミニ」のスポーツモデルとして誕生した「ミニ・クーパー」は、高性能ながら手頃な価格ということもあって、アマチュアレーサーの間で人気を博します。そして、製造元のBMCは1964年にワークス体制を整えて、冬のアルプス山脈の険しく曲がりくねった峠道で競争する「ラリー・モンテカルロ」に参戦しました。

Large 20250723 01

拡大画像

モーリス「ミニクーパーS」。F1ドライバーのグラハム・ヒルが前オーナーという来歴を持つ車両

 その結果、軽量小型なボディにパワフルなエンジンを組み合わせた「ミニ・クーパーS」は格上のライバルを抑えて優勝。続く1966年も大量リードを持って勝利したのです。ちなみに、1966年は「ミニ・クーパーS」を含む「ミニ」勢がトップ3を独占し、完全勝利となるはずでしたが、ヘッドランプの規定違反でまさかの失格。しかし、その雪辱を晴らすかのように、1967年には見事3度目の優勝を飾っています。

 こうして世界的な名声を得た「ミニ・クーパー」でしたが、BMCは1台クルマが売れることに2ポンド(現在の貨幣価値で邦貨換算すると1万8000円)のロイヤリティーをクーパー氏に支払うことを嫌い、販売終了に踏み切ります。結果、1971年に最後の「ミニ・クーパーS」がラインオフするのと同時に「ミニ・クーパー」は長い眠りにつきました。

 ところが、それから16年後、栄光ある「ミニ・クーパー」が久方ぶりに復活を果たします。それを成し遂げたのはひとりの日本人でした。彼の名は丸山和夫氏。東京・墨田区の「ミニ」専門店「ミニマルヤマ」の代表を務める人物です。

 1969年の渡欧で「ミニ」にすっかり魅了された丸山氏は、1973年に「ミニ」専門店の「ミニマルヤマ」を開業。以来、日本における「ミニ」のオーソリティとして、国内における「ミニ」の知名度向上と人気の盛り上げに半生を捧げました。

【画像】これが「ミニ・クーパー」復活に尽力した日本人です

最新記事

コメント

1件のコメント

  1. 今、周りには、クーパールックばかりなので、真正のクーパーのストーリーは感動します。個人的には、Mk I が一番好きです。メーターは一つだけ、ドアには、必ずpull string、全体のサイズは、大人四人が乗れるなるべく「小さな」!!people‘s mover、つまり、アレックス•イシゴニスの思想に近いのが理想です。できれば、May Fair 版。

記事ランキング

  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  3. “まるで高速”な無料バイパス「全線4車線化」へ変貌開始! 一部の上下線分離まもなく 対面通行を解消 国道8号
  4. 飛行中の「日の丸特別機」に粋なサプライズ! 天皇皇后両陛下を“最新ステルス戦闘機”がお出迎え
  5. 「危なすぎる!」阪神高速“中の人”がブチギレ!? “衝撃動画”とともに呼びかける「ドライバーが守るべき3つのこと」とは
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. あと1年足らずで「現金でバス乗れなくなります」 全路線“完全キャッシュレス化”疑問に応えるサイト開設 京王バス
  3. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  4. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  5. 「“再有料化”でいいから4車線化して」→普通車280円になって1年 利用者負担で勝ち取った“効果”あきらかに 八木山バイパス