誰の仕業? 「紫電改」の保存機に「五・七・五」の詩、その意味とは? 極限状態で刻まれた“the Haiku”

アメリカで保存展示されている旧日本海軍戦闘機「紫電改」の機体には、日本語の五・七・五の定型句が刻まれています。いつ、誰が残したのかは不明ですが、二つの解釈ができそうです。

「今はただ 国を思ひて つばさ張る」

 アメリカに渡った3機はいずれも静態保存されています。その中の1機が、国立海軍航空博物館にあるシリアルナンバー5128・尾翼コードA343-19の機体です。胴体左側コクピットの下に「今はただ 国を思ひて つばさ張る」と日本語で五・七・五の定型詩が刻まれています。

 この詩が刻まれた時期は分かりませんが、二つの解釈ができそうです。

 一つは戦中。出撃前に死を覚悟しながら詠んだ詩、いわゆる「辞世の句」です。「今はただ」という言葉には私情を捨て、覚悟を決めた心境が感じられます。「国を思ひて」は、家族や故郷への思いとともに、自らの使命を背負った自覚でしょう。そして「つばさ張る」は、まさに飛び立つ決意の表現に他なりません。

 三四三空の任務は特攻ではありませんでしたが、空戦は極めて苛烈で、生還率が高いとはいえませんでした。事実上の遺言です。

 もう一つは、敗戦後です。敗戦の無力感と無念と様々な思いが交錯し、武装解除される中、「今はただ」とは、戦争は終わったが自分にはもはやできることがない、という心境でしょう。でも「つばさ張る」と、戦えぬ今でも飛ぶ力(誇りや精神)は失っていないことをうたいます。

 この機体がアメリカに渡ることに決まってから、日本人の矜持を示すメッセージとして刻んだとも解釈できます。

 いずれにしても、この14文字は当時、極限状況で生きた人間の声そのものです。

 アメリカ人が日本語で刻まれたこの詩に気が付いたのか、ただの傷にしか見えなかったのか分かりませんが、塗り潰されたり消されたりしなかったのは幸運でした。「無名の声」は確かに伝えられつつあります。

 80年前、日本の最先端航空技術のかたまりに刻まれた詠み人知らずの詩。それは、当時の人々の感性と記憶の痕跡でもあります。この機体に限らず、全ての技術には単なるハードウェア(機能性)というだけでなく、造った人、使う人の思いというヒューマンウエア(精神性)が反映されています。「記憶することの大切さ」と「人がつくる技術の重み」を問いかけています。

【渡米直前】米軍マーク付きの「紫電改」を見る(写真)

Writer:

1975(昭和50)年に創刊した、40年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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